SEED短編

調味料

 「薄い」 テーブルの隅に寄せてあったスパイスの容器をつかんで、なんの味もしないスープにぶちまけた。向かいで同じ食事をしていたの表情がにわかに引きつる。「もう三回目だよ。辛くない?」「まだ足りないくらいだ。ずっと前からどんどん味つ…

ハンバーグ

 「そこいらの兵士と、僕」 クロトはふたつを並べた。「はどっちが強いと思う?」 それはきっとMS戦も白兵戦もないのだろうとなんとなく予想がついて。「クロト」「そうだよなー。というかここで暇してる僕らこそ艦で一大戦力になってると思わ…

悪あがき

 「長い話、嫌いなんだよ」それは十頁ほどの物語にも当てはまる。以前オルガの持ちものから適当に気まぐれに取り出したペーパーバックを、数分とたたずに放り出していたから(もちろん怒られていた)。「文字を読むの、苦手?」「というか、それも…

心臓

 「いっつも腹空かせてるオッサンが店で飯食ってるやつ」 そんなピンポイントすぎる特徴だけでも思い当たる作品が数個はあるから、あの国からライブラリに登録されているドラマは幅が広いと思う。クロトが暇に任せて見たのはそのなかのひとつ。「…

  そこらじゅうで騒がしく働く人間たちの中に、若い顔が混じり始めたのは艦が海上演習から戻ってからだった。新しい軍服に身を包む彼らは、真剣な顔で機体や機器について説明を受けている。 その、説明する側のひとりには見覚えがあった。この通…

やばい

  刑務所や病院の一部の部屋では、壁や床を柔らかい素材で覆っていると聞いたことがある。受刑者や患者が暴れて体を打ちつけ、けがをしないようにという対応だとか。それならいっそこの光景のように、拘束してしまったほうがましだと思うのは当事…

ないものねだり

  その日は町に出る気がなかったから砂浜を歩いていた。適当に時間をつぶして、帰投時間ぎりぎりまでこの手ぶらをごまかすつもりで。 波の音のほかには、ときおり甲高く鳴く海鳥の声だけがある。それらすべてを聞き流しつつ流木のそばに座り込ん…

頭からっぽ

  艦が海上へ出てはや数日。せっかく運び込んだ試験段階の支援兵器の評価は、予報の外からやってきた雨天や強風のために満足に進んでいなかった。そのせいでMAやMSとの連携の確認も同様に滞っているどころか問題点が増えていき。工数を増やし…

蜂蜜

  奪われたのは動きと呼吸だった。 いつの間にやら寝返りを打っていたのか、視界にはベッドの天板ではなく壁が広がっている。唯一自由な視線を下げ、体を縛りつけるようにお腹に巻きついているものを見下ろした。その正体にうっすら気づいている…

過去

  小さなころのある日、突然に死を理解した。きっかけはテレビ番組か、絵本か。そんな細かいことは忘れてしまったけど、母に泣きついたのは覚えている。「お母さん死んじゃやだ」 死なないわ、そう言って優しく頭をなでてくれる母の膝にいつまで…