小さなころのある日、突然に死を理解した。きっかけはテレビ番組か、絵本か。そんな細かいことは忘れてしまったけど、母に泣きついたのは覚えている。
「お母さん死んじゃやだ」
死なないわ、そう言って優しく頭をなでてくれる母の膝にいつまでも顔を伏せていた。でも安心はできなかった。だって、死は母や父、いろんな誰かにもう二度と会えなくなる悲しいことだとついさっき気づいたのだから。
***
ぽつぽつと途切れがちな話は、必要とされるだろう時間の二倍をかけて終わった。顔を上げると、目をうるませたシアがこちらを見下ろしている。
「ガキじゃん、まだ」
「この話をするときは子どもになるの」
それならこの状況は子どもに膝枕を強いていることになってしまう。かといって起きるのも面倒で、寝返りをうつのにとどめた。高級とは対極にあるスプリングがぎしりと耳ざわりに軋む。
シアは、おそらくは彼女の母親がそうしたように指先でゆっくりとこちらの髪をすいてくる。ふわふわだねと小さく笑う、それこそ柔らかな声は眠気の向こうにあった。彼女のことばはたいていこうだ。穏やかで、なにかしらの感情があって。
そんな人間が、冷たい記憶をその内に踏みしめて立っている事実がにわかには受け入れられなかった。
「じゃあ、シアは見ても殺してもないのに死ぬことがわかったのかよ」
「そうだね」
「うそくせー」
「シャニは、どうなの……」
指は、止まり。
それは疑問系になる寸前で揺らいだ。問答は面倒としか扱われないと、この兵士は研究員たちに聞かされて知っているし、自分のこれまでの経験でわかりきっていただろうから。
けれど気が向いたから思い起こしてみる。初めて触れた死は何だった? 幼少期からいたラボの中だったことはほぼ確定で、ほかはあいまいだ。そこからはあっけないもので、いつの間にやら死は日常風景と化していた。隣のベッドで寝起きしていた子どもがある朝消えている。模擬戦闘で切りつけた相手と次から組まなくなった。月に一度は来ていた軍人が、気づけば丸一年現れない。それらの原因が死だと後から知った。痛くもかゆくもない、ただの事実。その程度のできごと。
はっきりと覚えているのは、彼女のように泣くことなどなかったという一点だけだった。
「シアと逆」
「逆?」
目を丸くする彼女がもし死ぬことがあったら、泣くのだろうか。きっと泣かないし悲しくもない。家という場所も大切だと思った相手も、この体のどこを探しても見つからないから。体も記憶も、存在するかもしれない魂も、シアとは正反対のところにある。
「お前、なんでここにいんの」
「シャニが呼んだんだよ」
聞きたいのはここにいる理由ではなかったけれど、だからといってどう問うのが最適なのかわからなかったから黙る。
「お前も俺たちみたいに死ぬの」
死んじゃうよ、いつか。そう答えた彼女の表情は母親と同じなのだろう。
真逆のことを口にしたのに微笑んで。
「……寝る」
ひとこと伝えて瞼を閉じた。それでも感じる体温や視線は、いつか失われるのだという。戦いとは無縁の居場所で生きていたシアが、最終的には自分たちと同じところにたどり着くのだと。
とても愉快で、気づけば唇の端が上がっていた。意外といい夢が見られるかもしれない。
シアと同じ場所に立っている夢だ。
ランダム単語ガチャ No.496「過去」
