ジャック

足跡フリージア

  何度目かの、濡れたものどうしが離れる水音のあと。 どこか呆然としたため息らしきものが、少し離れたところから聞こえる。ややノイズ混じりに。「……ん? んー、なんでもない。ふたりは大丈夫そう」 じゃあね、と言い残し返答も待たずにケ…

サクラソウ

  の周りからはときおり、ほんの少し甘い匂いがする。そんなときは、たいてい誰かに食べもの――クッキーやチョコを持たされていた。「あんなにちびっこいと心配になるのさ」 と、食堂のゴーストたちも口をそろえる。比較対象が男子生徒しかいな…

光芒ナスタチウム

 「逆に、誰かの部屋に匿われてるとか?」 先ほど別れたラギー先輩は首をひねっていた。収穫物の受け渡しがてらオクタヴィネル、次にハーツラビュルの寮を探したという。「グリムくんとケンカしてたりして。頭にきて、家出だー、って」「もしそう…

追走サンフラワー

  ひっくり返った声の「行ってきます」とともに、は走っていってしまった。その遠因は終始楽しげに隣を歩いている。表情はいつも通りだが足取りは軽く、こちらのささくれ立った神経を何度も逆なでしていた。「……あれも、アズール先輩の言いつけ…

渇望ルピナス

  右の足首が痛い。 そう気づいたときには、いつの間にかあたりは真っ暗だった。空を見上げれば、かろうじて夜空と木立の影の区別がつく。少しの風もなければ声もない、完全なひとりきり。 なんともないほうの足に力を入れてようやく立ち上がる…

揺蕩クロッカス

  朝、廊下でわたしを呼び止めたのは三年生の先輩だった。自己紹介とともに聞かされたのは、授業と並行して自分の研究も進めているということ。着込んだ実験着がいかにもな説得力。「僕は将来、魔法の道具を作る工房を開きたいんだ」 手触りのい…

着想カンパニュラ

 硬い板の上であお向けに寝転がると、いろいろな装飾が施された天井が現れる。細かな彫刻、空を透かすガラスとそれを縁取る金の枠。美術館や教会で真上を見上げたらこんなふうかもしれない。ここに初めて来たときはそれどころじゃなくて気づけなかったこと。…

回想リアトリス

  よく晴れた、陸上部への仮入部一日目。課題の百メートル走を三本終えたところで先輩がたからは早速評価をもらった。「へろへろ」「めちゃくちゃ」「錆びたリアカーみてーだ」 つまり。「ジャック! この子そもそも練習するための体力がない!…

諸刃の剣

  目の前いっぱいに一気に広がったのは、明るい色をしていたはずのアンダーシャツ。元の色を思い出せないのは影が濃く差しているから。 それに、頭を押さえつけるように抱き寄せられているから。 掲げられた厚い腕が降りてくるより速く落ちてき…