着想カンパニュラ

 硬い板の上であお向けに寝転がると、いろいろな装飾が施された天井が現れる。細かな彫刻、空を透かすガラスとそれを縁取る金の枠。美術館や教会で真上を見上げたらこんなふうかもしれない。ここに初めて来たときはそれどころじゃなくて気づけなかったこと。

 ――そして、本来の目的は一向に果たせないまま。

 数分間寝そべっただけに終わったわたしを迎える声がある。

「気は済みましたか、ユウさん」

 こつこつと響く靴音はとても間隔が大きくて、この棺の外からやってくるのが学園長だとわかる一因になった。そうしてひょこりとわたしを覗き込む仮面はいつもと同じ形。

 なのに、今は呆れ顔に見える。いつも不思議だ。仮面を貫通するほどに情緒豊かなひと。

「そろそろ出てきてください。これ発注用のサンプルなんですから」
「棺ってそういう感じなんですね?」

 儀式とか魔法とかで厳かに作るものだと思っていた。

 だから、あの日と同じくどこか別の場所に行けるのだと。

「相見積もりは大事ですよ、ほんとに」

 体を起こすのに手を貸してくれる学園長のひとことは、なぜだか妙に実感がこもっていた。経営陣の苦悩かも。

 経営といえば。

 ***

「彼女は筋がいいですね」

 VIPルームから戻ってきたらしいアズール先輩の、満足げな声がざわめきに混じって届く。こちらの様子をうかがう目配せにすぐ気づけなかったのは、キッチンの少し奥にいたからだ。本日ここまでのノルマはたった今達成した玉ねぎの処理――何玉あったのかは忘れてしまった。それほど長く厳しい戦いだった。少し目がしみる。深刻ではないけれどしばらく響きそうだ。

「実に教えがいがある。見てくださいあのみじん切り」
「教えたのオレじゃん」
「アズールから教わったのはケーヤクコーイの恐ろしさじゃねーか」
「そこ、細かいことを言う暇があるなら早く休憩に入ってください」

 流しの踏み台から降りようとするグリムの鼻に、ちょこんと泡がついている(キッチンから出るときにハンカチで取ってあげた)。

 営業の傍らで日々生まれる試作品の数々も男子生徒向け、という要素が込みなのかはともあれ一品の量が多い。わたしもグリムも、スタッフたちもたくさんの調理や洗いものを担当することになる。

 今日はその間、ホールを手伝ってくれる助っ人がいる。食堂のものとは違うハンバーグを食べてみたいという、寮の先輩たちからの要望を持ってきたジャックだった。今は空いたお皿を一度に何枚も下げている。さすがの力持ち。

 まったくブレない迷わない。とにかく安定した歩きをながめていると、ふとジャックと目が合った。何人ものスタッフが行き交うなか、わたしを見つけて少し驚いたかのよう。その唇がなにかを伝えようとしているのがわかっても、細かなさわめきが重なる店内では音を読むことは難しい。

 返事として小さく手を振ってみるさなか、先に行っていたフロイド先輩がわたしたちを呼ぶ声がする。そろそろ時間だ。

「店長、休憩入ります!」
「支配人です。ユウさん、今日もお疲れさまでした」
「大将オレ様も!」
「支配人です! グリムさんもあちらに。フロイドたちがいる方へ」

 そこからジャックと合流した後は、ジェイド先輩が作ってくれたまかないをみんなで食べることになっていた。えのきと根菜たっぷりのポトフがとてもおいしい。

 ジャックとフロイド先輩、ジェイド先輩は早くも数個目のパンに手を伸ばしつつある。

「パンはもういいのか? ふたりとも少食だな」
「わたしたちは外れ値だから……」
「オレ様は腹いっぱい食ったんだゾ」
「アザラシちゃんすげー、もっと丸くなってる」

 グリムのおなかを指さして笑うフロイド先輩の隣で、ソファーの端にいるアズール先輩はゆっくりレタスサンドを食べている。その視線は少しそれて賑やかな客席の方に向けられていた。営業の様子を見守っているのかもしれない。そんな観察は、わたしたちが食事を終えるころも続いて。

「ごちそうさまでした! 先輩たちのお料理大好きです」
「……あぁ。すげぇうまかった」
「ウニちゃんにもまた食べさせたげる」
「毎回おふたりといっしょに来てくださればすぐにでも叶うのですが」

 テーブルのあちら側から、にこやかに勧誘に移るふたりの様相はさながら商談のよう。ここが隅の方の席というのも相まって、いい返事が聞けるまで相手を離さない圧すら感じる。それを怖がるわけもなく露骨にげんなりしたジャックとの間に割り込んで「そうだ、ジェイド先輩」と大げさに話をすり替えてみた。

 山が好きだという先輩に聞きたいことがあったのは本当。

「このあたりには、食べられる石ってありますか?」
「ユウ?」

 昨晩のグリムとの話を当然知らないジャックが、パンを食べる手を止める。それはジェイド先輩も同じで、珍しく目を見張ってしばし考え込み。

「探せば多少はあるでしょうが、僕は探そうと思ったことがないですね。ところでなぜそんなことを?」
「ユウは最近石に興味があるんだゾ、食べるほうに」
「小エビちゃんさぁ、おっきくなりたいからってそれはないわ。喉ズタズタでしょ」
「それにオレ様みてーな強い胃袋がないとムリに決まってんだろ」
「でもー」
「魔力ですか」

 ごねるわたしへ被せられた思案げな声。ひと組の退店を横目で見送ったアズール先輩のものだった。文字通り正面から言い当てられたことにびっくりして頷くしかないのを、くすりと笑って得意げに続ける。

「マジカルペンを知っていれば、石と魔法を結びつけるのは納得できます。事実、宝石に外部から魔力を封じるケースも珍しくはない」
「……魔力がほしいのか」

 グリムを挟んだ向こう側で、ジャックがこちらに向き直った。その眉を少しひそめて。

「座学はがんばってきただろ。実技はグリムと交代して……いや、誰かに何か言われたのか?」
「そのときはジャックが助けてくれたもん、大丈夫。えっとね……」

 胸の、奥のほうがきゅっと縮む思いだ。この話をしようとするときはいつもこうなる。だから、あさっての方向にはぐらかしてしまいたい。寂しくなるのは変わらないとしても。

「箒で飛べるの、やっぱりいいなって。わたしも一回くらい、いろんなとこに行ってみたいなって思ったの」
「ですが、なにもわざわざ食べなくともいいでしょう」

 わたしのことばを引き取るのは、ジャックの向かいから。

 ゆっくりと瞬きをしながら、ジェイド先輩がふっと唇をほころばせていた。その手元ではいつの間にか食後のお茶が用意されつつある。肩の力が抜けるような甘くて苦い、紅茶のいい香り。かちゃり、と蓋がされた陶器のティーポットはふんわりと丸みのある白色をしていた。

「耐久性の意味で石は確かに最適ですが。花に薬草、書物の一頁、持っているだけで十分効果が出るものはたくさんあります。もちろん永続はしないし、扱いには修練が必要とはいえ」

 外づけディスクのように、自由に扱える魔力が簡単に身につくわけはないと改めて思い知らされる。ましてアズール先輩の前では、なおさら。

 けれど、ジェイド先輩がくれたイメージはすぐに像を結びつつあった。魔力ゼロなのは変えられなくても、現状が少しは変わるのかもしれない。

「ユウさんも、カップを温めるくらいはできるようになるかもしれませんね」

 受け取った紅茶入りのティーカップを掲げて、アズール先輩は不敵に目を細めた。一からいろいろなことを積み上げて自分の力にしてきたひとが。

「はい! おいしいお茶の後は、飛んでみたいです」
「小エビちゃん欲張りー、陸と空制覇したら海もよろしく」

 さらさらと砂糖をカップに入れながら応援してくれたフロイド先輩は、ソファーの背後から控えめに呼びかけるスタッフの声に振り返る。その間にもスプーンを手に取ってかき混ぜる動作は滞ることはなかった。慣れているみたい。

「あちらで炙りサーモンの注文があって」
「小手返しできんのオレと小エビちゃんだけじゃん今日」

 なんて話題が漏れ聞こえるなか、隣のグリムを見下ろすと「陸海空って言うんだろ? 世界征服みてーだな」とにこにこ全面同意していた。わたしが走りを練習しているのは親分から伝わっていたらしい。対してジャックは別のところに引っかかっていた。少しうつむき、ジェイド先輩の手元にやっていた視線を上げて。

「こて……? えっ、ここ寿司も出すんですか」
「仕入れの状況によっては。ちなみに時価です」
「やっぱり大将で合ってるんだゾ」
「食堂とメニューが被らないように模索中でして。目の前で握ると喜ばれますよ」
「……俺はアンタたちがわからねえ……」

 ジャックは呆れたように首を横に振ると、まだ熱そうなお茶を飲み干して不意にグリムを片腕に抱え上げた。間髪入れずにわたしのそばへ寄り。

「ユウ、グリム。逃げるぞ」

 落とした声色は本気のそれ。

「逃げる?」
「なんでだ?」
「やっぱりヤバい匂いがする。とくにユウ、お前ここでいろいろ仕込まれすぎだろ」
「そんなことないよ、ネタじゃないんだから」
「やかましい」
「そんなに急がずとも。おかわりをどうぞ」

 わたしたちの話が聞こえていたとしか思えない笑顔が向こうから投げかけられても、ジャックは止まらなかった。片手を掬われていよいよ連れ出されそうな流れ。

「ジャック?」
「……おかしいとは思ってたんだ」

 剣呑な目で先輩たちを牽制したかと思えば、ぎゅっと眉の間に力を入れてこちらを見下ろす。

 握られる手に熱がこもったのを指摘する間もなく。

「さっきからずっと涙目じゃねぇか」

 吊られて脚をぷらぷらさせているグリムが黙ってわたしを見上げた。問われている気がする。