右の足首が痛い。
そう気づいたときには、いつの間にかあたりは真っ暗だった。空を見上げれば、かろうじて夜空と木立の影の区別がつく。少しの風もなければ声もない、完全なひとりきり。
なんともないほうの足に力を入れてようやく立ち上がると、靴裏が枯れ葉を踏みしめてかさりと鳴った。たったそれだけの音が周りに響き渡り、木々に吸い取られて消えていく。
オンボロ寮の近くにこんな場所はなかったはずだ。誰かを探して呼びかけるのもためらうほどの無音。
今いるところを改めて見下ろしてみる。雑草が生い茂り、覆われかけた道だ。それはずっと前に整備されたもののようで、ある場所へと続いている。
夜闇よりも暗い、ぽっかりと開いた横穴へ。
まるで大きな生きものが口を開けているような洞窟だった。けれど、向かうところとしてはここしか見当たらない。
「……ジャック……」
こんなとき真っ先に目指すべき場所を教えてもらったはずなのに、そこまでの道のりを思い出せないままで。
こわごわと近づいてみれば、ぽつぽつと何か小さなものがいくつも光っている。
肩にかけていた鞄を胸に抱え直して、その場で背伸びよろしく身を乗り出した。あの光が満天の星を連想させて、やっと心が休まった気がしたから。もっと奥には、他のきれいなものがあるかもしれないと期待して。
口を開けっぱなしにしていた鞄が傾き、重みのある中身がごとりと端に寄る。
――そのとき耳をつんざくように高らかに鳴り響いたのは聞き慣れた電子音だった。
息を呑む。喉につかえていく心拍数が呼吸を浅くしていく。
ありえないことだった。断続的なそれは、この世界に来てから数日で充電が切れたスマートフォンのもの。早々に役割を失ってからは鞄の内ポケットに片づけて、それからは触ってすらいなかった。
覗き込んでみる。畳まれた包装紙や、摘んだ花、水が入ったボトル。そんな中身たちをよけて、スマートフォンを取り出すのは簡単だった。いつかは手元を確かめなくたってできていた、日常の動作。
そのさなか、不意に着信音が途切れた。どこか触ってしまったのか、通話中の画面になっている。
この世界のどこへも、つながらないはずなのに。
スピーカーにして音量を上げてみると、紙の上をなぞるようにさらさらと細かなノイズが大きくなった。それに混じって、明らかな抑揚が。
ひとの、ことば。
誰かが話しかけている。わたしへ向けて。
「……誰?」
久しぶりに声を出したようにかすれた呼びかけに、返事はない。ただ、何か同じことばを繰り返すリズムが聞こえるだけ。
おかしいと、それだけがわかっていた。今の自分を取り巻くものすべてが、ありえないことだと。こんなところに来た覚えはないし、そもそも座り込んでいた理由だって。
スマートフォンを耳元へ近づけてみる。
今度は話を受け取れるだろうか。
洞窟の入り口を注視したまま、渇いた喉のまま口を開き。
やっとのことで手繰り寄せた音に聞き覚えがあることに息を呑み。
――その瞬間に肩を掴まれた。握りつぶされそうに強い力で。
唯一自由に動かせる、視線だけをそちらに向けた。
制服の肩を一気に覆うほどに長い指が食い込んでいる。
