RE!ワンライ:雲雀

花火

隣町の花火大会が広報に載ったのはひと月前。今夜の雨天をラジオが告げたのは今朝。彼女の浮かれぶりが地に落ちたのは誰の目にも明らかだった。こうして聞くのみの声にも重みを感じる。「再来週に並盛の花火大会があるでしょ」「それはそれとして……」まとも…

ミモザ

  蒲公英色をした花束が机の上に広がる。ミモザって呼ぶんだよ、と言って聞かせる彼女の声と同じ柔らかさがその黄色にはあった。目にも鮮やかというよりは、画用紙に散らした水彩の穏やかさを纏って咲く花。大気にかざせばほどけて溶けていきそうに。「キョ…

好きの裏返し

 今年初の真夏日。新聞の一面に仰々しく躍る文字の上に置いていた指には軽くインクがついてしまった。ウェットティッシュで拭おうと顔を上げた先の机には、彼女が昨日忘れていったハンカチが目に飛び込んでくる。 ここ最近彼女の様子がおかしかった。うつむ…

壁ドン

 不満かどうか。二択で言うなら不満だった。「わたしだけどきどきしてる気がする」 返事は「ふぅん。で?」それだけ。真昼のまぶしい光を避けてカーテンを閉める間も、追加のことばはない。「そういう素振り見たことないんだもん。楽しいときは割と笑ってる…

ずっと

  コンビニで買ったのだという三個一パックのパッケージの中にはドーナツが収まっていた。先ほどまでお行儀だのひとの目だのを気にしていた彼女は結局空腹に負けて慎重に開封を始める。 たった今離れた駅は僕たちが本来降りるべきだったところだ。意気揚々…

わすれないで

 「長い間並盛を空ける」 旅行とでも勘違いしたのか、帰る準備を終えたばかりの彼女は興味ありげに表情を輝かせると再び椅子に腰を下ろした。タイミングを測る必要などないはずなのにそれを目の当たりにするとことばを呑み込まざるを得ない。一ヶ月帰らない…

ぬくもり

  ほのかな熱気は甘みを纏わせている。鼻先を掠めて天井へ上っていくのを追う隙もなく、ミトンでフライパンから下ろしたココットのひとつに視線が注がれるのに気づいた。まだカラメルをかけていないプリンの卵色が眩しいのは、それがおいしいとすでに知って…

気になる

  暇だよ遊んでとわがままを言った次の瞬間に放られたのは、キョーヤがいつも使っている携帯電話だった。ひと月先の案件を今片づけてしまいたいと机についたままの本人は、わたしがちゃんとキャッチしたのを見届けて視線を帳簿に戻してしまう。「それで遊ん…

目を瞑る

 嘘だと見抜くのに数秒とかからなかった。それは多少の場数を踏んできたからで、もし初めてこの光景を見たなら引っかかっていたに違いない。閉じた瞼、投げ出した手脚、寝返りをうったと見せかけたのか少し乱れた上掛け。 保健室に入ろうとした先輩たちが慌…

いちばん

  好きなものがたくさんあるという。香ばしいクッキー、甘酸っぱいオレンジジュース、校庭の桜、少し古い映画。彼女が楽しみにしていた漫画の発売日は今日だ。「僕がついていく必要はないはずだけど」「キョーヤだって探したい本あるって言ってたでしょ」 …

ずるい

 わたしの部屋にはひとつもなくて、彼の部屋にはひとつだけあるもの。簡単なクイズだった。答えは相手の持ちもの。「キョーヤばっかり、ずるい」 続けようとすることばは、顔面にクマのぬいぐるみをぺたりと押し当てられて封じられてしまった。身に覚えのな…

君に染まる

 髪が柔らかい。肩の線が柔らかい。そうしてわたしのあちこちに触れた結論は「頬がいちばん柔らかい」。いっそ恭しささえ感じる指先に輪郭をたどられるのがくすぐったくて恥ずかしい。 それ以上に胸の内側をかりかりと引っかくもどかしさは降りてくる視線の…