花火

隣町の花火大会が広報に載ったのはひと月前。

今夜の雨天をラジオが告げたのは今朝。

彼女の浮かれぶりが地に落ちたのは誰の目にも明らかだった。こうして聞くのみの声にも重みを感じる。

「再来週に並盛の花火大会があるでしょ」

「それはそれとして……」

まともに聞いているのかいないのか会話が成り立たない。訪れた沈黙の間に携帯電話を左手に持ち替えると、抱えた包みが乾いた音を立てた。微かに傾いた傘から雨粒がいくつか地面に振り落とされていく。

そのどちらに気づいたのか、ふと落胆が困惑に変わった。

「あれ? キョーヤ、お家じゃないの?」

「外にいる。もうすぐ君の家に着くよ」

――悲鳴にも似た小さな驚きとともにけたたましく響く足音が小気味よく感じるのは、気分がいいからだろうか。それとも、大慌てで戸口に現れる彼女がどうなるのか予想がついていたからかもしれない。

「持って、ついてきて。そこの公園なら雨をしのげる」

突然の訪問に行き場を失った両手へ包みを押しつける。閉店間近のおもちゃ屋には、中身の乏しいこんなセットしか残らない。

大仰な飾り文字が並ぶ手持ち花火の包装を呆然と見つめていた彼女の瞳が間違いなく輝いた。未だ小雨が降る空の下で、ひと際。

***

特別、雨に好きも嫌いもなかった。だが今なら前者だと言えるのかもしれない。目の前に、夜闇も曇天も呆れて一歩下がるような笑顔が一層明るく咲く今なら。この数分でもう何度も聞いた「ありがとうね」は童謡の柔らかさを纏い耳に心地いい。

「嬉しいな。キョーヤから誘ってくれるなんて思わなかったもん」

「君のああいう顔を何日も見る気はない。それに」

すすきの形に広がる火花は赤から白に変わる。ああいう、と指した表情は火薬の香りとともに広い公園の片隅から欠片も残さず去っていった。

このベンチを覆うトタン屋根は狭いが、彼女が僕に寄り添うことには何の関わりもなく。続きを促すのは相づちではなく覗き込む視線だった。見つめ返すと僕と炎が重なって映る。

「こんな時間に君を連れ出すにはいい材料だと思ってね」

――先に消えたのはどちらの花火だったろうか。ひとつ分の音がなくなり透明に近づいた空気に、彼女の伺うことばがそうっと積もった。隠しきれない喜びは頬の色へ移っていく。

「……ね、キョーヤ。花火にも花言葉があるんだって、知ってる?」

「知らない。教えて」

大切な秘密を伝えるときのように耳元で囁かれる数文字を、消えかけた花火は遮ることはなかった。