唯一
「お願いがあるんだけど……」 目の前で合わせられた両手を見て、学ランを脱いで彼女の頭にかぶせた。不格好な幽霊の仮装のようになった直後、目はしばし呆然と瞬いて。「なんでわかったの?」「寒そうに握ったり開いたりしてた」「ありがと。あったかーい」…
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ハンカチ
窓を閉め切ると、不快な羽音がぴたりと収まった。それに気づいているはずの彼女は、しかし部屋の真ん中で腰を抜かしたまま。「いい加減泣き止んだら」「う、うん……でも、でもびっくりして、あんなおっきいのに刺されちゃったらどうしようって…
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手作り
天変地異が起きてもおかしくない。袖をまくる姿を見てはじめはそれくらい驚いた。 けれど今では、背伸びしてその肩から向こうを覗き込むのがとても楽しい時間になっている。「何」 わざとわたしにぶつかる方に振り返ろうとするキョーヤの頬と…
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期待
八、九。あとひとつ。 その次は七、八。あとふたつ。 ――失敗したのはその焦りのせいではなかった。 キョーヤが指先をわたしの唇に押し当てたから。「あ」 思わずぱっと離れた拍子に、ソファーが軋む。喉の奥でされる、低い笑い声がちっともそう思って…
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絆される
目を覚ましたはずの体が起き上がらない。寝起きの異常事態に急激に跳ねた心拍数は、タネを知ったとたんに別の意味を持った。 後ろからお腹に回される、ワイシャツのしっかりとした腕。 キョーヤがわたしを抱きしめたまま静かに寝息を立ててい…
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いつもと違う
棚へ向かう彼女の後ろ姿を振り返ったのはほとんど反射的だった。追ったのは軽い足取りでも機嫌のいい鼻歌でもなく、淡い香り。 いつも纏っている、爽やかなシャボンとは違うものが。「君、なんだか別のいい香りがする」「あ、お香かも。昨日部屋で試した…
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笑えない
「落武者みたいなひとが追いかけてきて」「知ってる相手なの」「ううん、知らない」 幸いなのはそれが現実のできごとではないということだけだ。しかし眠たげな目が真昼にまで及ぶ影響は深刻で。 昼食を終えてもなお、彼女から離れないのは悪夢の気配。「眠…
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横顔
フローリングを踏みしめるのはかちかちと小さく硬い音だった。毛むくじゃらの塊は彼女めがけて一直線に走っていく。その勢いをむしろ歓迎する両手は、子犬を捕まえて抱き上げた。「シャンプーしたんだねー、いい匂いー」 犬相手の猫なで声は、はしゃいで笑…
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隠せない
彼女が笑うと、もともとその傾向がある頬がさらに柔らかな丸みを描く。それは食事の時も同じだと気づいた。いただきます、と弾む声の後に茶菓子を摘む指も。「おいしい! ほんとにこっちもいいの?」「どれも君のだよ。全部食べて」「ありがとう」 喜色満…
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卒業
頬に触れて、離れていったのは温度。「もう終わりなの」「ううん。もう一回……」 腕の中でわずかに背伸びするようにして。支えを求める手を肩に導いて、再び柔らかなキスを待った。いつまでも、猫が鼻を擦りつけるのと何ら変わらないあどけないもの。 そ…
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守る
また、ブラウスの袖口を濡らして。「今日ね、お父さんもお母さんも帰ってこられないんだって。仕事があんまり大変だから」 そう、とだけ返し、窓の向こうで未だ晴れない雨空を見上げた。薄暗い中、隣で俯く彼女の表情もあちらと同じ温度をして…
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惚れた弱み
髪を撫でる小さな手。普段のそれに輪をかけて柔らかい――甘いと形容した方が近い、背後から降りる声。「お疲れさま、本当にがんばったね。えらい、えらい」 こうしてほしいとねだったのでもなければ、こうしろと強要した覚えもない。ただこの部屋に戻って…
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