シャッターチャンス

 

 私は常々考えている。報道とは皆へ公平に情報を提供する神聖な活動だ。知らないままでは、受けられるはずだった利益を受けられない。隠れたところで悪事を働く輩を暴かなければ犠牲者は増え続ける。そのような悲しい事態を未然に防ぐことだって可能なのだ。

 部長のことばに僕はいたく感動した。知らなかったことを知るのはいいことだ。僕も、本学に数多ある謎を白日の元に晒せるようにならなくては!

 部室から、余っていたインスタントカメラを拝借する。記念すべき初のターゲットはもちろん、校舎から徒歩十分弱のあたりに建つ学生寮だった。あそこには秘密が多すぎる。同じ学校の生徒でも、寮生でないなら庭にすら進入禁止だという。なぜ特待生はここに集められるのか。選考基準は? 生活風景は?

 先生たちへの聞き込みではたいした成果は得られなかった。箝口令が徹底されている中でなんとか彼ら四人の名前が割り出せたのは先輩たちへの地道な取材のおかげ。突撃インタビューほど相手の油断を突いて話を聞き出せる手段はないのだから、大きな前進だ。善は急げ、さっそく毎日の放課後に尾行を決行することにして。

 ひとりめは三年生の男子。顔は怖いが基本的に物静かだというのが共通した印象だった。彼相手なら穏やかに事を進められるだろう。

 夕焼けが滲みつつあるアスファルトの上を、彼は文庫本に目を落としながら歩いている。離れてながめる分にはいかにもな文学青年だ。先回りし、驚かせないように正面から声をかけた。

「こんにちはオルガさん、僕は」

 ***

 昨日はいきなり背負い投げされた。強打した背中が痛むのをかばいながら思い出すのは、確かに彼の顔つきが凶悪だったことと「野次馬根性」とかなんとか罵られたこと。人間、前評判と実際の姿に相関関係などないことをまざまざと見せつけられた気分だ。

 だがここでくじけるわけにはいかない。僕のこれは野次馬なんかではなく学内への利益のための行動なのだから。気を取り直し今度はふたりめ、二年の寮生に話を聞くことにした。目つきは悪いがいつもうとうとしているというから攻撃的では――ないだろうと決めつけることが無意味なのは先日学んだばかり。

 放課後急いで二年の教室に向かう。すると、先に出ていく女子と二、三ことばを交わした後大きなあくびをしている男子がいた。あれが目的の特待生。まさかあんなことは起きないだろうけれど、一応背後から近づきつつ十分距離を取っておく。

「シャニさん」

 ***

 昨日は間髪入れずに大外刈りをくらった。ぼんやり席に着いていたはずの彼がどうやって距離を詰めてきたかは全く覚えがない。背中を強打した拍子に記憶がすっぽ抜けたかのように。とりあえずこちらにひとことはおろか一瞥もくれずさっさと帰っていく後ろ姿だけは確かに脳裏に刻まれている。

 一般生徒と話す暇などないということか、と若干後ろ向きになりかけたが次の狙いを思い出して持ち直した。僕と同学年ならばああまで取りつく島もない態度をとることもないだろう――そうであってくれ。

 今回は、いくらか人目のある朝に決行することにした。出勤通学、そこそこの人数がいる風景の中でも見つけられるよう彼の特徴は頭に叩き込んである。大きなスポーツバッグを肩にかけ通学路をひとりで歩く三人目の彼へ向け、やや遠くから作戦を開始した。何も知らない周りからしたら、僕は友人を見かけたから走って近づいているだけの生徒だ。

「ク」

 ***

 昨日は食い気味に巴投げで吹っ飛ばされた。もうわけがわからない。背中はそろそろ限界かもしれない。

「てめぇ大概にしろよ!」

 追撃の大声でご近所の注目まで集める始末だ。

 ここまで来たら僕たち部、ひいては学校全体に対して隠しごとがあると見ていいだろう。彼らが揃いも揃って投げ技の使い手なのが大きな証拠だ。隠されると暴きたくなるのが世の常人の常。寮への突撃はさすがにと遠慮していたがそんなもの甘い考えだった。やはり本丸を叩くのが最適だったのだろう。

 出番を奪われ続けていたカメラを両手でしっかりと構え、夕方の外門をくぐった。寮の大きさに反して規模が控えめな庭には数個植木鉢が並べられ、パンジーがきれいに咲いている。その傍らに彼女はいた。歩いてはかがんでを繰り返して掃除をしている。

 ひとつ上の学年とはいえ、僕より華奢で何より女の子だ。投げ飛ばされはしないだろう。そんなことになる前に押さえ込める自信はある。今度こそ、今日こそ何かしら聞き出さなければ。

 数歩近寄る足音に気づいて振り返る表情へ反射的にレンズを向けた。

「アリーシアさん。お話があるんですが」

 狭まる視界に、寮を背に目を丸くする彼女――は収まっていなかった。

 あるのはショッキングピンクの銃口。

 え?

 その情けない声は僕の喉から絞り出されたものだった。だって、これは存在するはずのない光景で、突きつけられるいわれのない凶器。

「ほんとにいた。ストーカー」

 その小さな声は、硬い表情をした彼女のもの。

 両手から力が抜け、レンズと現実で視界が半分ずつに割れる。その境目で、白い指が引き金を引くのを僕たちは確かに見た。

 ***

 あの寮に関して、セキュリティが強固だというのは身をもって証明できる。ついでに水鉄砲の餌食になって壊れたカメラが決定打となり、僕の一連の行動は部内の知るところとなった。

 数日の取材、だと僕が思っていたのは単なるつき纏い行為だと先輩たちは口々に言い募った。馬鹿野郎プライベートを掘るやつがあるか、というひとことは中々にきつい。だがおかげで頭が冷えた。大勢の生徒が寮のことを知らないのは隠されているからで、隠されているのはその必要があるからだ。衆目に晒された場所でリラックスした生活など送れないだろうと、このときようやく察することができた。彼らには明日すぐ謝りに行きたい。

 という僕の話を呆れ顔で聞いていたのは部長だ。

「あの寮に関わったのか?」

 の後にこうつけ加え。

「よく生きていたな」

 そんな労いが誇張ではないことを僕は知ってしまっている。

 あの一瞬、銃口から目をそらしたせいで。気づいてしまったせいで。

 彼女に指一本でも触れていたら僕は確実にどうにかされていた。彼女の後ろにそびえ立っていた寮その窓からは、半開きだった入口からは、三人分の凶眼が注がれていたのだから。

 

ランダム単語ガチャ No.3579「シャッターチャンス」