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 今日の帰り道は長い。

「それでね、今度は駅向こうの……」
「あー、新しくできたとこ! そこにしましょう」

 目の前をアリーシアが歩いているが、その隣に他人がいるとやけに話しかけづらい。傍から見れば十歩ほど離れてはいるだろう距離は、こちらが意図して歩幅を縮めなければ保てなかった。それほど彼女たちとはコンパスの差がある。会話に夢中らしいふたりはそれに気づくことはないが。

「ミーアとおそろいのもの欲しいな。リップとかマニキュアとか」
「そういえばアリーシアってあまりマニキュアしないわね?」

 相手のことばは特定のキーワードを持ったときにはっきり聞こえる。

「最近はそうかも。でもペディキュアの方はよく塗ってるんだー」

 対してアリーシアの声は、なぜだかいつでもクリアに。

 聞き慣れているからというのもあるだろう。そして耳心地も、きっと。今は楽しげにころりと跳ねる音はああして近くにいてこそのものだ。

 それにしても、アリーシアがそんなことに挑んでいるとは気づかなかった。そして知らないとなれば知りたくなるのが道理というもの。

 白くて小さいつま先に、今はどんな色が灯っているのか。

「へぇ、じゃあ他人はめったに見られないのね」

 私はいつでも見られるけど! と誇らしさの含まれたひとことがあった、気がする。というのも、あの発言の直後につい真後ろを振り返ってしまったからで。

 そこにはシャニとクロトがついて歩いていた。おのおのよそ見をしつつも、同じように彼女たちの会話を耳にしていたはずの。

 靴音と、軽やかな笑い声のなか当然ふたりと目は合い。
 そして無言のやり取りのあと。

 ***

 その日の夜には俺の指がアリーシアのくるぶしにかかっていた。我ながらなんの前置きもなく。当然疑惑の目はソファーから降りてきて。

「なに……?」
「……いや……」

 アリーシアがルームソックスを履いていたからつい脱がせたくなった。とは口が裂けても言えない。そうしたら最後こちらが八つ裂きにされているだろう。主にテレビの前に陣取っているふたりの手で。

「シャニ、クロト。オルガが変……」
「いつものことだろそれは」
「アリーシアのことになるとね」

 事情を知りながら、似たような野望を隠し持ちながらもはや一瞥もしないクソガキどもへの報復は後々検討することにして。

「くすぐったいからだめー」

 ふくれながらソファーの上で三角座りになるおかげで小さな足先は離れていき、ひとまずの平穏は確保される。

 ――本当に平穏かどうかは自分の心音が答えだった。指先にはなめらかさが残る。

 

ランダム単語ガチャ No.1420「アクセント」