「ガキ」
「ガキオブガキ」
「キングオブガキ」
誰がどれを言ったのか。それはともかく、わたしがこんなにも一生懸命説明しているのに一斉にこの反応。夜中に全員叩き起こしたこちらに非があるとはいえあんまりだ――と立場を棚に上げて悲観してしまうのはわたしの夢見の悪さのせい。というよりわたしに降りかかってきた悪い夢が悪い。
ひねた考え。廊下に突っ立ったまま言い募っていられるのは、結局はみんなパジャマ姿のまま聞いてくれているからかもしれない。
「あのUFO、一円玉みたいな色した宇宙人がいっぱい乗ってたんだもの。もう少しでアブダクションされてインプラントされちゃうとこだった」
「あーもう一回言ってくれ」
「エイリアンがシアを拉致って肉体改造しようとしてたってことだろ」
「なんでわかんだよ……ま、目が覚めたならいいじゃん。終わり終わり」
クロトの指が数度頬を拭っていくのを受け取っても、ついさっき飛び起きたときから続く大げさな心音は未だ胸に突き立っていた。巨大な円盤に町中を追い回されたあげく行き止まりに追い詰められて、その先がどうなったかなんて知ろうとも思わない。
「でも怖くって……」
たかが夢、されど夢。突拍子のないシチュエーションとはいえその結果だけは嫌な――ぎりぎり想像力が至ってしまう嫌な現実味があった。知らない存在しかいない知らない場所に放り出されること、みんながいないところへ引き離されること。ふと突きつけられてはじめて、取り上げられては立っていられないほど自分の中に根づいているものを自覚した。
今は眠たげにわたしを見つめるみんな。
***
「ガキが宵っぱるからだ。さっさと寝ろ」
なんて言われても眠気なんてとっくに吹き飛んでいる。今日ばかりは素直に聞く気になれなくてリビングに降りてきた。テレビをつけてソファーの真ん中に落ち着くと、抑えた音量でもいやに大きく感じる。広いところに響く音は空虚で、よく知らないバラエティの笑い声も寒々しい。
こんな時間にテレビを見る習慣なんてない。スマホでも持ってきたらよかったと後悔したけど、またひとりの部屋に戻るのも気が引けた。今は真っ暗なあの場所を思うだけで体温が下がりそうで、せめてもの抵抗に膝を抱えてみる。
みんなは怖い夢を見たとき、どうしているんだろう。マンガを読んだり無理やり寝直したり、ひとりで何とかしてしまえる気がする。そう考えると、オルガの言ったとおりわたしはガキなのかもしれない。こうして怖いものが怖いままだ。
ほとんど集中できない画面には、大笑いしている芸人らしきおじさんたち。
その中に混じる聞き慣れた声。
「この時間はここがいちばんマシだよね」
彼らは突然消え失せて、字幕を展開する筋骨隆々の武装集団に切り替わった。ざらついて彩度の落ちた景色はひと昔前のスクリーンのよう。
「え……映画?」
「毎週なにかしらやってるって、このチャンネルなら」
一軒家で突然始まった銃撃戦を背に振り返ると、リモコンをテーブルに放ったクロトが隣にやってくるところだった。勢いをつけて座るからわたしが軽く跳ねるのを、横目にして小さく笑う。
「なーんだ、中盤じゃん」
「観たことあるの……」
「何回もね」
「毎年やってるだろ。定番なんだし」
キッチンの方から、ミネラルウォーターのボトルを手にシャニも歩いてくる。素足の音、揺れる水がとぷんと波打つ音、その後ろで微かな銃声は爆発音に変わっていく。
「定番って?」
「元特殊部隊の男がさらわれた娘を助けにカチコミに行く系」
「うーん様式美」
「十個は知ってんぞそういうの」
わたしの隣に陣取るシャニ、をさらに内側に押しやるようにしてオルガもソファーに収まった。その手にはDVDのケースが二枚。シャニの拳をガードする盾になっている。
「うぜぇ、クロトの隣行けよ」
「面倒だ。アリーシアもうちょいそっち詰めろ」
「あ、うん……みんな起きちゃうの?」
「アリーシアが珍しく夜ふかしするっぽいから乗ろうかなって。僕はね」
自然と肩がくっつくクロトは、スナック菓子の袋を片手に映画に釘づけだ。
空いた腕でわたしを引き寄せながら。
「俺はどこかの誰かのせいで眠気が吹っ飛んだからよ、いっそオールで観るつもりだ。つき合え」
「映画なら寝落ちてもまあまあ気持ちいいし」
「……そっか」
画面では、さらわれた娘らしき女の子が脱出に挑んでいる。その足の行く先はわたしにもすぐにわかった。
ここに腰を下ろした瞬間のことなんてさっぱり忘れた気になって。
「うん、そうだよね。みんなで徹夜しよ」
「不健康ー」
「不摂生ー」
「不良だな」
シャニに頬をつつかれてようやく、笑っているのを自覚した。これは仕方のないことだ。
狭くて、温かいところ。ここにいれば暗がりが明るくなっても、それからも、わたしたちは大丈夫。そう思ったから。
ランダム単語ガチャ No.2943「朝もや」