差し出されたものにはとてもよく見覚えがあった。

「はいアリーシア。差し入れ」

 これで三度目だったと思う。さすがに気づき始めた違和感は、けれどクロトがさっさと教室を出ていってしまったから保留になった。

「ふたりで食べようよー」

 呼び止める声は出遅れて。

 手元に残されたのはカレーせんべい。

 ***

「やる」

 ぞんざいに手渡された、というより押しつけられた次の瞬間にはもう机に突っ伏して昼寝の体勢に入っている。これから授業なのに。

「なんで、こんなにくれるの?」

 そう聞いても、うとうとするシャニから返ってくるのは「とっくん」のひとことだけ。とっくんってなんだろう。特訓しか思い浮かばない。

 ともかく、これはおなじみポテトチップスだ。ちなみにホットチリ味。

 ***

 と、いうことらしい。

「シャニからのは四日ぶり二度目だもの」
「甲子園っぽく言うんじゃねぇ」
「おやつは嬉しいよ。でも、なんでかなって」

 思案するアリーシアがせんべいをかじると、パリパリと固くて軽い音が彼女の部屋に響いた。隅から引っ張り出されてきた丸いテーブルには、ふたりで食べやすいようにせんべいの袋がパーティー開けになっている。

 シャニとクロトがやたらと辛いものを食べさせようとしてくる。そんな相談を受けている俺がこの前買ってきたのは鍋のだしパックだ。

 味噌キムチ味。

 それは彼らふたりからのリクエストだった。

「たまには激辛キムチ鍋が食いたい」
「豚肉! 豆腐! 白身魚! 牛肉!」
「そんなに食いてぇなら菓子の買い込みやめろ!」

 金銭感覚に若干の不安がある気がする。それはともかくとして、ふたりはアリーシアに自分たちほどの辛味耐性がないことも知っている。だから彼女不在の席であの密談が交わされた。

「シアを慣らして辛党にしようぜ」

 俺は当然この計画の参加者。

 旨味と辛味が染み込んだ肉も、元のまろやかさが十分残る豆腐も真冬にはうってつけだ。白米が進むのが目に浮かぶ。それにアリーシアを巻き込むためにもあえて黙っておくことにする。

「……俺も持ってきたぞ。スルメ食おうぜスルメ、ピリ辛のやつ」
「ありがと。オルガがくれるとおつまみみたいだね」
「酒豪っぽく言うんじゃねぇ」
「はーい。ん、辛いー」

 きゅっと引き結ばれる唇を見るに先は長そうだが、これに「おいしい」がつけ加えられるなら気長に待てる。

 

ランダム単語ガチャ No.859「鍋」