今週は全国ナントカ協会の防犯キャンペーンらしい。お昼休み直後の校内放送は、強烈な眠気に負けたわたしを含めたほとんどの生徒がまともに聞いていなかった。とはいえ、そんな日だったという印象づけには成功したはずだ。
わたしたちの手元には、親切な団体から配られた防犯ブザーが残されたから。
「物騒な世の中なんだね、怖いね」
手のひらサイズの、ピンクでころりと丸いフォルムが可愛い。寮のリビングでくつろいでソファーにもたれかかる間、少し遠くでぱしゃぱしゃと水音が響き続けていた。多分、遅れて帰ってきたオルガが手を洗っている。
「これ」
すぐそばで寝そべるシャニはわたしの手元を見上げるためにごろりとあお向けになって。
「ほんとに効果あんのかよ。ほぼおもちゃじゃん」
「やべーやつは大きい音嫌がるんだってさ。誘拐犯とか」
「ふーん」
「クロト放送聞いてたんだ。えらいね」
「あんなうるせー音量でよく寝られたよねお前ら」
隣でスポーツバッグの中身をかき回していたクロトはお目当てを見つけたのか「あった」と顔を上げた。
その視線の先はわたし。
「クロト?」
「あげる。どーせ僕使わないし、使うなら絶対アリーシアの方だし」
無造作に差し出されたのはプラスチックのパッケージ。わたしのものと色違いの防犯ブザーだった。真っ赤で、鞄に入れてもすぐに見つかりそう。
「ありがと、でもいいの? 持ってなくて」
「殴った方が速いからね」
「えぇ……」
「こいつは防犯ブザー鳴らされる側だろ」
「んだとぉ?」
得意げな笑顔はすぐに挑戦的なそれに様変わり。そんな姿勢でどうやるのか器用に避けるシャニを踏みつけようと座ったままのタップダンスが始まるリビングから足早に逃げることにした。揺れて揺れて仕方ない。
「うーんふわふわする」
「アリーシア」
階段に差しかかるところでわたしを呼び止めるのは、ダンスに加わっていない三人目。
「おかえり。買えた?」
「あぁ、後で読む」
肩にかけた鞄を下ろしながら満足げに頷いて、かと思えばスラックスのポケットを探りながらオルガは改めてわたしを見下ろした。片手に持ったものをちらと気にして。
「やる」
端的に差し出されたのは、パッケージから出された青い防犯ブザー。絶縁シートも取り除かれて、すぐにでも使えるようになっている。
「敵に出くわしたら即投げつけてやれ」
「石じゃないんだから」
牽制球としては効果てきめんかもしれないけれど。
「もらっていいの? 念のために持っといたら」
「どっちかというとお前の方が狙われる顔だろ」
「オルガと比べると大抵のひとが……」
「あぁ?」
「なんでもなーい。うん、もらっちゃうね」
「そうしろそうしろ」
さっきとは別の意味で満足げにして、オルガもリビングに入っていった。ダンスが乱闘にならないかちょっとだけ心配。さっそく怒号が聞こえたのを気のせいだと思いこむことにして、ふたつの贈りものを鞄につけようと二階へ上った。
両手にそれぞれ受け取ったのは、クロトとオルガの心配だ。
なんだか温かく感じる廊下から部屋に戻ってドアを閉め――ふと違和感に気づく。
今、ドアが半開きだったような気がする。換気でもしない限りいつもはぴったり閉めておくのに。
「ま、ま、まさか……」
空き巣、はたまた誘拐犯? ありえない、なんてことはないと今日知らされたばかり。半分寝ていたけど。こんなにも早くブザーの出番が来ることになるなんて思いもしない。
一気に高まった警戒心は、おそるおそる部屋を見回した結果その理由に気づいて――すぐに和らいだ。
「シャニー!」
大声で呼びかけたとはいえきっと気づかないだろうから、やっぱりリビングに戻ることにした。
いつの間にかデスクにぽつりと置かれていたもののために。
ランダム単語ガチャ No.3371「防犯ブザー」