生活指導

 

「君なら経皮吸収くらいわかるだろう? たとえ定番品だろうが彼らの体内に入り込んだら相互作用を引き起こす可能性は十分にある。つまり慎重に慎重を重ねた確認が必要になるわけで」

 と懇切丁寧に説明する私の心労などつゆ知らず彼らは興味深くスキンケア用品をながめるばかり。自分の身を他人に管理されることに慣れきっている――といえば諦めもつくがあれは単にお説教に飽きているだけだ。生意気なガキだと罵ってやりたくとも右から左へ聞き流されるのは目に見えている。

 対してアリーシアと呼ばれていた兵士は心底反省しているのが見てとれる消沈した表情で大人しく席についている。そこまで落ち込むのは、ひとえに後ろで盛り上がっている三人を案じてのことだろう。彼らに私物のポーチを貸した張本人だからこそ。

「シアこのギロチンみたいなハサミどうやって使うんだよ」

 横槍はそんな事情などお構いなし。彼女のようにまつ毛でも整えていてほしい。黙って。

 とはいえ、受け取ったクリームの成分を照合したところ結果はオールクリア。さすがは子どもにも使えるロングセラー商品といったところか。かくいう私もかつてのユーザーのひとり。

「まぁ、今回は問題なしだ。しかし次回からはこういう」

 席を立ちつつ一瞬ことばを切ったのは、信じがたい光景がフラッシュバックしたから。

「あんまり乾燥すると痛くなるよ。ね」

 あれはいたわり。

 生体CPUたちは、自分がアリーシアにクリームを塗られる間を静かに待っていた。彼女の白い指がそっと頬の上をすべっていくのを、違和感こそあれ嫌うことなく受け入れて。

「オルガは念入りにやっといた方がいいんじゃない? たまに甲板に出てるし」
「そうだね。シャニの分が終わったらまたオルガに塗ってあげる」
「あー、好きにしろもう」

 ――久しぶりに彼らの声を、いや、会話を聞いた気がした。たまに通りがかる待機室に満ちていたのは無言と電子音だけ、それが普通。だがこの瞬間は違っていた。呆れて無抵抗に触れられる者、面白がって口を出す者、完全に気を抜いて膝枕を要求からの強行に至り寝ている者。至られた者。

 確かにここには人間だけがいた。

 そんな、ひどく他人事な所感を飲み込み努めて結論だけを伝える。私がいつも何を相手取って研究にあたっているのか考えないように。

「こういうイレギュラーな処置をしたいのなら私たちを通してもらいたい……何だね?」

 いえ、と小さく口にする彼女は、意外だとばかりに軽く目を見開いていた。

 その背後からは、刃物じみた視線が絶えず投げかけられている。無論、私へ。

「全面禁止されるかと……」
「君の業務と彼らの運用に支障がないのなら構わないさ」

 運用、のあたりで彼女は一瞬だけ悲しげに視線を揺らす。その反応でおおかた察しがつく。これは、あの三人とは関わらない方がいいタイプだ。近い将来きっと後悔する。

 彼らがその体内に後づけした化学物質と仕組みの数を彼女は知らない。

 

ランダム単語ガチャ No.4673「生活指導」