シャノンの最終機械

 

 IFFと同等の技術は連合でもザフトでも当たり前に使われている。混戦において間違って味方を攻撃することがないように、各機体から信号を常に発信しておくのがオーソドックス。その信号は自軍の機体に搭載された兵装を制御するから突発的な誤射を防げるというわけ。ついでに、血迷った兵士が現れた場合に被害を抑える効果もある。稼いだ時間で母艦から強制的に武装をロックできればさらに安全だ。

 それを前提に各制御システムを組むから、提示された目の前のプログラムが何を意味しているかすぐにはわからなかった。というより、わかりたくなかった。

 彼らの機体ではこの信号が意図的に切られている。

 ***

「そんなので邪魔されずに暴れたほうが楽だし」

 海上での模擬戦から帰ってきたばかりのシャニは待機室のソファーで大きく伸びをする。その語り口は、このことを前から知っていたようで。

「でも危ないよ。お互い攻撃が当たったら」
「墜とさなきゃいいんだろ……なるべく」

 最後が小声になったのは、あお向けに寝転がりながらことばがこぼれたせい、のはず。ついさっき無人機をこれでもかと破壊し尽くした戦いぶりからかけ離れた姿は、一見のどかだ。そう思うのは、わたしがシャニに銃口を向けられたことがないからかもしれない。

 その瞬間の彼の目も表情も、わたしの中には。

「シアには当たらないんだから、いい」

 疲れもあってか、すぐに瞼は閉じられ。

 頰にかかる柔らかそうな髪を指で払うと「くすぐったい」と眉を寄せられてしまった。ごめんねと言い置いて離れようとした、そのときにはソファーからはみ出る手足は完全に脱力している。

 わたしの袖を摘む指を除いて。

「どこ行くんだよ」

 目を閉じたまま、だから寝言のよう。

「……聞こえてんだろ」
「寝言にお返事されると体に悪いんだ、って聞くもの」
「へぇ。じゃあお前はそろそろぶっ倒れるころかも」
「……えっそれどういうこと?」
「おやすみ」
「えぇ……」

 立ちっぱなしになることもないので手近なパイプ椅子を引き寄せた。思ったより大きく擦れた音が出て焦ったけどシャニが起きる気配はない。少し安心して、残った方の手であくびを覆い隠した。この顔を見ていると、なんだかこちらまで眠たくなる。

 ことの真相を聞き出すなんて夢のまた夢、でも数分のうたた寝なら簡単に実現できる気がした。

 そうして気持ちよく仮眠をとった数日後。

 コクピットハッチの緊急開放コードが三人に知らされた。もちろん、三人の分だけ。

「じゃあ僕はカラミティとフォビドゥンのもちゃんと覚えてないとダメなの? あーあ」
「救助がはかどるでしょ。回路が半壊しちゃったときとか……」
「めんどくせぇ、自分で蹴破って出てこいよ」
「オルガに賛成。俺は自分のだけ覚えとこ」
「それはそれで腹立つな……」

 しぶしぶドックの壁面モニターに目を通すオルガの後ろから覗き込んでわかったのは、そのコードが外部からのみ有効だということ。つまり内部から入力してもコクピットが開くことはない。これではオルガの言う自力の脱出手段がひとつ潰れてしまう。

「内部入力のものは?」
「まだ通達はないな。まとめて送ってきたらいいのに」

 メカニックたちといっしょに首を傾げて。

 その次の日には、彼らのコクピットに拳銃が配備された。

「白兵戦でもしろって?」

 パイロットスーツを整えながら歩いてくるシャニの語り口は、そんな理由はありえないことを知っている。昨日は軽口の応酬が満ちていたドックには、今は機器の動作音だけが目立って響く。いる人数はほぼ変わらないのに。

 それは多分、驚きの後にのしかかってきた諦めと納得のせいで。

「シャニ……」
「俺はあいつら撃てるけどシアは?」

 撃てる、と答えなくてはいけないのはわたしの方だ。振り返った先ではいつもと同じ温度の低い視線がある。

 これこそわかりたくなかった。

 今回までのことは、自爆の手段が絶たれたときの単なる保険だ。

「シャニはこんなの、納得できるの……」
「よそに自分のものぶん取られる方が気分悪いってことだろ。俺も同じ」

 そうなるくらいなら徹底的に壊すのが最適解なのだろうか。武力を渡さないため、それはMSの。技術を守るため、それは強化手術の。

 この議論に彼らの名前は初めから挙がらない。

「シアは撃ちたくないけど、どこかに行ってもう戻ってこないなら撃てる……気がする」

 シャニはこんなに、わたしを呼んでくれるのに。

「……うん。もしそうなっちゃうかもしれないときは、撃ってね」

 それは本心だったけど、目にしたくはなかった。わたしを引き留めたあの指がいつか引き金にかかる光景は。

 

ランダム単語ガチャ No.9846「シャノンの最終機械」