出来損ない

 

 保護具、サイレンサー、時間制限。邪魔なものをすべて取っ払っても弾は的の外周そのまた外の壁面へそれていった。この銃の整備不良も疑ったが、ついさっき同じものを手にしていたシアは下手なりに命中はさせている。人型をしたターゲットの肩や腕あたり。そんな小さなことにいら立ちそうになるのは、今日の錠剤がひときわ苦かったせいかもしれない。

「危ないよ」

 全弾撃ち切ったのを銃声でわかっていた彼女は背後で小さくこぼすが説得力はゼロ。自分だって何の装備もせずそこに突っ立っている。その姿に欠けているもののひとつ、ゴーグルは床に放り捨てた保護具たちのなかでもいちばんうっとうしいもの。かがんで拾い上げると若干フレームが歪んでいるような気がしたが、しただけなので元通りそばの棚に戻す。

 シアがそれを目で追っているのだとわかるのは、視界を遮るものが何もないからだ。

「これ、なんで色ついてんだろうな。気が散る」
「まぶしくないように……とか、そんな理由だった」

 確か。そうつけ足すのが聞こえたのはマズルフラッシュという単語を思い出したころ。互いに銃撃戦から遠いところにいる分、単調な反復訓練の意味も意義もあいまいになっていく。ふたりのうち片方は散々壊して殺してはいるけれど。

「シャニ、ケガはないの……」
「何とも」

 慣れたトリガーの感覚を置いてそちらに向き直り。

 自分の返事がほとんど脊髄反射だったことを知った。

「そう」

 髪、肌、瞳。シアは文字通り彩度を落としていた。ほのかに頬に灯る――最近はやや控えめだったが灯っていたはずの朱が最たるもの。

 これは「気がした」ではない。

 周囲を見回す。訓練場はほとんどモノクロで構成されていた。手にしたままの銃も、彼女の軍服も、邪魔だったはずのゴーグルだって。ここは艦内だ。あの、無の中に瓦礫が散乱している広いばかりで汚い宇宙空間とは違う。

「お前どうかしたのかよ。急に」

 ぷらりと下げられていた手を取ると、大きさはいつも通り。違うのは紙のような白さをした肌だった。どこかで頁を繰る音がする。真っ白とは違いほんの少しカスタードが混じり――つまりはシアの表面とは程遠い温もり。

「何とも」

 首を緩く横に振り、短く彼女は返す。その声と表情には、もともとないはずの色がやはり存在しない。

 あったことは覚えているのに何色だったか思い出せない。

「風邪じゃねーの。顔、すごいことになってる」

 そこで初めてわずかな困惑を見せるシアの背に周り、部屋から出そうと仕向ける。医務官のところでも仮眠室でも、ここでないところならどこでもいいから。

「シア」
「うん」

 風邪なはずがない。彼女が白いのはこちらの不良で、出ていきたいのもこちらの方だ。

「しばらく、行くのやめよう」

 だから彼女がそう言い出したのは肯定のようで。

「……何でだよ」
「シャニこそ苦しそうな顔してる」

 くるりと振り返りそう告げる声を半ばかき消したのは先ほど通り抜けたドアが閉まる機械音だった。

「そうかもな」

 そういえば、その向こうにあるものの片づけを忘れていた。自分たちごと視線をそらしたから。

 めちゃくちゃな成績を物語る、数個だけ穴が空いた的。数を数えたらそれで終わる話。はじめからあれくらいすべてがシンプルなら、シアの瞳もきっと覚えていられた。

 

ランダム単語ガチャ No.2518「出来損ない」