※注意:モブの倫理観皆無
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君の頭痛は典型的な眼精疲労。改善には目を休ませることが必要ですよ。そう教えてくれた医務官は、おしまいにフィルター加工がされた眼鏡を譲ってくれた。そんな彼は今日、寄港のついでに本部に向かって艦にはいない。
代わりに医務室にいたのは、空調装置整備の技術士官ふたり。雑談ついでに症状のことを話すと彼らは重々しく頷きながら聞いてくれた。
「で、今度はこれをもらってきたわけ?」
自室に戻ると、待機命令という名目で留まっていた三人がそれぞれこちらを振り向いた。クロトが珍しげに覗き込むのは一見、ただのドリンクボトルだ。一気飲みも簡単そうな小さなサイズからはラベルが綺麗にはがされている。
「なんとかっていう成分が疲労回復にいいんだって」
「お前ずーっと画面とにらめっこしてるからな」
「息抜きの仕方知らないんじゃないの。俺のプレイヤー貸そうか」
「アリーシアの耳がイカれるだろうが」
「いいだろ休む口実になるんだから」
「あーなるほどな」
「ちょっとシャニ、オルガも。代償が大きすぎるから!」
どうして音量を下げる方向に行ってくれないのか。数日の休暇の代わりに鼓膜を差し出すわけにはいかない。
「僕のゲームも目を使うしねー。というかもう用事済んだんだろ、さっそく飲んでみたら」
「そうだね。みんなもあそこに入ってるドリンク選んでいいよ」
「俺シアが淹れたやつがいい。何だっけ……いい匂いがするやつ」
「紅茶? 緑茶かな」
前にごちそうしたのはどちらだったか考えを巡らせながら、ストローを口に運ぶ。冷たい液体を含んだ途端に舌に伝う、栄養ドリンクをきつくしたようないかにもそれらしい香り。
「は? お茶? 僕知らないけど」
「お前は寝てただろ」
背後でふたりが言い争う声がする……気がする。
どことなく、その音が遠い。すぐ後ろで起きていることなのに。
「アリーシア?」
向かいの席に着いたオルガが首を傾げる。
「何かあったか」
「ううん、何でもないよ。どうして?」
「ぼやっとしてるな。いやいつもそうだが今はとくに」
「いつもではないでしょー」
大きな手のひらが、わたしの額にぺたりと貼りついた。骨張った指がわずかに髪をかき上げるのすらわかる。少し冷たくて気持ちいい。
「ね? 大丈夫でしょ」
「あぁ、まぁな」
「ありがと。でもそうだね……くらくらしてきたかも」
「なんだそりゃ……?」
すぐに席を立ってしまう長身を目で追うのが、なぜだか辛い。わたしの方へ回り込む、その歩みの速度さえ捉えられなくて。
「ん、オルガ? アリーシアどーした」
「やばい」
「語彙がやべー」
「うるせぇよシャニ! そこどけ、こいつベッドまで持ってく」
――ふわり、と、自分の体が浮いた気がした。というのは間違いで、理由はともかくオルガに抱き上げられたのだけはわかった。クロトとシャニがぽかんとこちらを眺めている景色が滲んでいくのは、ちょうどいいはずの照明が障害になっているのかもしれない。
何かが、おかしい。
「ヤクでも入ってたんじゃねーの、あのドリンク」
「うっそだろ寝るの? 効きすぎだろ」
「……オルガ……」
クロトに言われて、初めてこれが急速な眠気だと自覚する。さっきまではかけらたりともなかったはずの波が怖くて制服の胸にしがみつくのを、オルガは黙って許してくれた。
「ごめんなさい」
「あー、わかったわかった。さっさと寝ちまえ、俺たちその辺にいるから」
「……ん……」
ちゃんと返事ができたかも定かではない。横たえられる感覚を最後に、瞼が降りるのに逆らえずに目を閉じた。
奥で、クロトがどこかへ向けて鋭い視線を送っている。
***
苦しんでいる様子はない。そっと息をついて、彼女の制服の首元をひとつだけ緩めた。目を覚まさず、呼吸は依然として規則正しい。
「シャニ、当たりかもな」
アリーシアへ適当に毛布を被せたところに、クロトが戻ってくる。その手には彼女が飲み切ったボトルが握られていた。
微かに感じた香りは、忘れたくても忘れられない。薬品の類だ。
「おかしーよ」
――その足を止めたのは、出入口が開閉する音だった。外からのコールも何もなく、ただ部屋の主が帰ってきたかのようなさりげなさ。その本人はこうして目の前で伸びているというのに。
三人分の視線を浴びて硬直したのは、ふたりの男だった。その片方はごつい工具箱を手にしている。
「あ……何だ? ここはトラウム曹長の私室だろう!?」
「あんたらこそ何なんだ」
大した人間ではないらしいとすぐにわかった。新兵でもないくせに。どこに楽しい要素があったのか知らないが喜色満面だった彼らは、少し威圧すれば焦って後ずさる。その視線は泳いでいるようで、しかし明らかに何かを探していた。
その目的の候補などそう多くはない。
「というかさ」
ダストボックスへ勢いよくボトルを投げ込んだクロトは不機嫌も露わに吐き捨てる。もうこの状況の全てを察したのだろう。
「マスターキーって将官レベルでもそう簡単に持ち歩けないって聞いたんだけど? 何でてめーらが持ってんだよ」
「それは……設備点検のために特別に」
「……あー、そういうこと」
途中から床に座り込んでアリーシアを見つめていたシャニがふらりと立ち上がった。声を落とすのは面倒くささなのか怒気なのか――恐らくは両方。
「寝てるシアに会いに来たわけ? どんな用か知らないけど」
とっさに出て行こうとした、体格のいい方を足払いする。
艦に詰めているしかないストレスを刺激したのはこいつらだと自分を、自分たちを正当化しながら。
先ほどのふたりの笑み。暗く、粘質な、総合して鳥肌が立つほど気色の悪いものだった。アリーシアが目の当たりにしなかったのは幸いだろう。あれが彼女に向けられていたかもしれないと考えるだけで苛立ちが何倍にも膨れ上がっていく。
「俺たちも連れて行けよ。それともここで遊ぶか?」
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「少尉たちが作成した報告を君名義で提出すること。直接私に回して構わない」
そんな指令を艦長から受けたのは、数時間の睡眠が明けた後だった。何のことだかわからず首を傾げるわたしを、これもなぜか制服の上を脱いで揃ってインナー姿になっている三人が囲んでいる。ひとりはベッドに腰かけて音楽に夢中になって、ひとりは椅子ふたつを占領してゲームに熱中して。
「わたしが寝てる間に何があったの?」
「強盗が来たから俺たちで殴り飛ばした」
「えぇ……」
モニターを覗き込むオルガがあんまり冷静に言うから、冗談なのかどうかいまいちわからない。冗談、と言い切れないのは寄港中だからだ。海中からの侵入未遂がこれまでに幾度かあったことは着任前のブリーフィングで知らされている。
「そういえばさーアリーシア、あんたたちっていつどこで作業するかって決まってんだろ?」
「え? そうだね……大まかなスケジュールはシステムに入れてあるよ」
手元がひと段落したのか、クロトもこちらにやってきた。細々としてなおかつ堅苦しい文面に顔をしかめながらモニターを指さす。
「それ僕たちにも見られるようにしてほしいんだけど。できる?」
「公開範囲を変えるだけだから、すぐできるよ。どうしたの?」
「見る」
シャニの返答が簡潔すぎる。いつの間にか真後ろにいた彼は、イヤホンを首から下げてことばを継いだ。振り返るわたしの頬を手のひらで押して遊び始めるのは何の予備動作もない。
「お前が行く先々に俺たちを連れて行けば解決するんだけど」
「腐っても軍人だろお前。危機感なさすぎ」
「腐ってないよ! 元気でしょ、みんなのおかげで」
それもそうだ、と三者三様の笑みがこぼれた。ここまでの経緯はともかく、三人がいてくれたから何の心配もなく眠ることができた。とても心強くて、嬉しくて。
「それよりみんな、報告書を書くように命令されてるんでしょ?」
「……書けたら書く」
「行けたら行くみたいに言わないの! すぐ片づけちゃおうよ」
「めんどくせー」
だるそうに予備の機器を壁面から呼び出すシャニをよそに、オルガがわたしの袖を何度か引いた。
「クロトが言ったこと、本気だからな。考えといてくれ……目を離すと落ち着かねえ」
その表情の真剣さを疑う理由などない。概要って何だよとさっそく詰みかけるクロトのヘルプに回りながら、わたしを見ていてくれる温かな視線たちを背中に感じた。
ランダム単語ガチャ No.1655「スケジュール」
