ヒップホップ

 

 端末から国営のライブラリに接続すれば、メジャーな映画や音楽ならすぐにでも探し出せる。ひと昔前のものがほとんどだけれど。

 そして今、その端末は哀れ人質にされて。

 

「早くミーティングルーム来いよアリーシア! さもなきゃここをダンスホールにするぜ」

「なんて前衛的な脅しなの……」

「アンタのこの機械でテキトーに音楽かける! 大音量! それでもいーのか!?」

「わたしの端末! クロトいつの間に……!」

 

 監視映像の向こうで楽しげに飛び跳ねるクロトはそのまま画面外に消えてしまった。思惑に乗るのは悔しいけど行かなくちゃいけない。見られて困るデータがあれこれ入っているのだ、うっかり覗かれたら大変なことになる。

 

 ***

 

 間一髪、悪用される前にクロトのところにたどり着いた。後で上官に怒られるかもしれない。資産管理がなっていないだとか。

 

「やけに急いで来たじゃん。そんなにやべーモン入ってんの? 僕にだけ教えてよ」

「……お買いものの履歴……」

「はぁー? もっと面白いのかと思った。なら見てもよかっただろ!」

「だめったらだめ!」

 

 ひとの通販への興味がこの子になかったのを感謝していいのかどうか。ともかく服のサイズを知られなくてよかった。いろいろと気恥ずかしい。息を整えながら取り返した端末の画面を、クロトは訝しげに覗き込む。

 

「でさ、さっきの話。アンタたちって音楽聞き放題ってほんとか? シャニが羨ましそうにしてたんだ」

「種類は決まってるけどね。聞いてみる?」

「聞く聞く! ゲームもできなくて退屈だったんだよねー」

 

 ソファーに落ち着きながら頷くその片手には、電池蓋が開いたグレートワンダースワンが握られていた。クロトたちの持ちものはいちいち申請を通さないと手に入らないようになっている。わたしが担当になってからはなるべくすぐ処理するようにはしているけど。

 

「そういえばオルガとシャニは?」

「知らねー。今は僕がいるんだからいいでしょ」

「そうかもだけど」

「どんなのがあるんだ? オススメ教えてよ」

 

 ライブラリの画面をもの珍しげに眺めながら首を傾げる様子に、おやと思ってしまう。ラインナップの端から端まで、結構な大物アーティストの特集が並んでいるのに。

 

「僕こういうの詳しくないんだよねー。アンタがよく歌ってるから気になってはいたけどさ」

「うそ、聞いてたの?」

「聞いてたっつーか、聞こえた? この前画面に向かいながら鼻歌してたろ」

「あぁ、そっち……」

「どこでなら普通に歌うんだよ逆に……」

 

 ひとりきりのバスタイムでの密かな楽しみを知られたのかと思った。そうではないことにほっとしつつ「それより」と無理矢理話題を戻した。

 

「たくさんあるんだよ。わたしのオススメはこれかな、聞いてて元気が出るの」

「何だこれ、ジャンル? ヒップホップ? 知らねー」

「まぁまぁ、ものは試しで」

 

 ミーティングルーム備えつけのデスクから新品のイヤホンを取り出す。勇んで包装を破くのはクロトだ。笑ってイヤーピースの片方をわたしに差し出してくれる。

 

「いっしょに聞こうぜ。アリーシアをひとりじめできるなんて早々ないんだよな」

「クロト、わたしとふたりっきりになりたいって思ってくれてたの?」

「ん? んー、まぁね。アンタって調整だとか要件なんちゃらだとかでアイツらに連れてかれちゃうだろ。白い服の」

 

 どれも、わたしの業務のことだ。クロトは興味なさげにしているようで、本当はこんなに知ってくれている。その拗ねてしまった顔も、今は嬉しくて。

 

「ありがとう。わたしも、クロトといられて嬉しいな」

「僕とだけ、ね」

 

 そんな可愛い訂正とともに、読み込みが終わった音楽が控えめに流れ始めた。小気味のいいドラムがクロトの気持ちを上向かせていくことに、さほど時間はかからない。

 

 

ランダム単語ガチャ No.1820「ヒップホップ」