やたら細いネックピロー、とは違うらしい。
「アイスリングって呼ぶんだって。んー、冷たい」
「そういや最近ちらほら見かけるな」
冷凍庫から出したてのそれはガチガチに冷えて、さっそく身につけたアリーシアの首を冷やしにかかる。涼しげな水色も相まって真夏の外を歩くにはちょうどよさそうだ。
「今度俺にも使わせろよ」
「いいよ。冷凍庫の隅っこね」
――と、昨日指定されたとおりの場所には専用のケースが鎮座していた。取り出したリングはやはり氷のように冷たく、曲げられるのが不思議なほど。
「あいつみたいにヤワではないけどな」
流行りに乗ってみる前に少し憎まれ口。聞く者は周りにいないわけだが。そうして記憶のとおり自分の首に取りつけようとして――できなかった。
「あ?」
確かにリングは曲がる。が、明らかに円周が足りなかった。息苦しいほどのきつさは完全に予想外だ。
なぜなら彼女はあんなにあっさりはめてみせたから。
「どういうこった」
そんなひとりごとを拾うのは当の本人。
「オルガ、呼んだ? どうしたの?」
「呼んでねー、けどよ」
朝から出かけるというアリーシアは耳ざとくランドリールームからこちらへ歩いてくる。片手にリュックを提げているから、すでに身支度は済んでいるようだった。夏らしく襟元のすっきりとしたシャツからは白い首筋が覗いて。
――なんとなく、ことの次第がわかってきた。半端にリングをくっつけたまま手招くのをアリーシアはすんなりと受け取り。
「アリーシア、少し首貸せ」
そこは顔貸せじゃないの、と反論しかけた彼女の喉は「ひゃ」と不意に鳴った。驚きに目を見開いて。
多分、その首に指を回したせい。
「冷たいよ……」
「まぁ待て、しばらくそうしてろ」
指尺の要領で位置を調節しながら改めて感じる。片手で足りるのではと錯覚させるほどアリーシアの首は細かった。要はリングにも適正サイズがあるのだろう、という当初の目的は今や彼方に。
こくん、と息を呑むような動きが伝わる。もちろんこちらの意図などわかるはずもない彼女の表情は困惑しながら、けれど逃げることはしなかった。これ以上のことをされるという可能性を万にひとつも考えていないかのよう。
それは間違いで、本気になればいくらでも、どうにでもできる状況なのに。
「オルガ」
棒立ちのアリーシアの声は弱々しい。それすら胸の中の何かをかき立てていくようだった。
「く、首は……なんだかぞわぞわしちゃうから、だめ」
胸どころではなく文字通り徹頭徹尾煽られたのは気のせいか?
「……アリーシア」
困り顔でリュックを抱きしめる彼女がとても小さく見える。ぞわぞわってどんなだ? そう詰め寄ってみたくなるくらいに。きっとそれはアリーシア自身にもうまく掴めていない感覚で、だからもっと思い知らせてやればこれ以上の表情があらわになるような気がした。
なんとしてもそれを知りたい。
「あ」
手の中にあるなめらかな体温を味わいながらもう片方の手を伸ばし。
アリーシアがはっとする――のと同時に、その両肩を掴んで引き寄せる手が彼女の背後から伸びた。
直後響いたのは怒号。
「マジでマジでマジでだめだろそれは!」
――目覚まし時計に叩き起こされるのに似た意識の急浮上だった。いつの間にかアリーシアのすぐ後ろにクロトがいることも、引きつった表情をこちらへ向けていることもようやく認識し。
その事実に半ば呆然とした。今、アリーシアしか見えていなかったことになるから。
そんなことはつゆ知らず言い募られることばがむしろ地に足をつける材料にすらなって。
「僕オルガがアリーシアのことでどんな趣味しててもどーでもいいと思ってたんだけどさ、あ、引くかどうかは別としてね?」
「引いてんなよ」
その件に関してはすべて誤解だと断言できる。がクロトは止まらない。
「首絞めはどうなんだよもうやべーよ……」
「絞めてねーよ節穴!」
などと言っても反論になるはずもない。片手とはいえ確かにアリーシアの首を鷲掴んではいたのだ。
あの、折れそうに華奢な。
「アリーシアもさ、大声出す練習しといた方がいいって」
「えぇ……」
「てめぇ不審者扱いも大概にしろ!」
「不審者レベルでとんでもねーよお前は!」
頭上で飛び交う応酬を、クロトに引き寄せられたままのアリーシアは飲み込めていない様子なのが幸いだった。この調子で目を白黒させていてほしい。あわよくばあいまいに流されてくれたら、と都合のいいことを願うしかないほど気が動転していた。
だって、この手の感触は当分忘れられない気がする。いい意味でも悪い意味でも。
ランダム単語ガチャ No.1317「歪んだ愛」