寝苦しいまどろみのなか、景色より感情より鮮明に思い出したのは感覚だった。
甘くて、冷たくて、やわらかいもの。
それが何だったかまでは思い出せない。
***
「味があるなら食べものでしょ」
テーブルにつくクロトはスナック菓子を頬張りながら首をひねった。硬いものが砕けるばりばりと乾いた音は、探し求めているものとは対極にある。
「ま、夏だし。冷たい食べものなんてそのうち見つかるんじゃない?」
「今わからねーと気持ち悪いだろ」
「そんなの知らないよ。あってめぇ!」
口が全開の袋からチップをひとつつまみ上げた。食欲をそそるスパイスの香りは、やはり違う。もっと、心が芯から溶けそうになる穏やかなものだった――気がする。
***
「オルガは何だと思う」
「わざわざ電話かけてくるようなことか?」
ノイズ混じりの嫌味は、踏切の耳障りな警報音にかき消されつつある。ビニール袋を持ち直したらしく、がさがさした雑音も追加。
「ネンチョーサンを立ててやったんだよ」
「心にもねぇことを……で? やわらかい食いもの? そりゃあパンだろ」
彼の荷物の中にも入っているはずだ。冷えてはいないが。
「つーかそういうのはアリーシアに聞けよ。そろそろ帰ってくるだろ」
それとそうだと考えすぐに通話を切った。ここの住人のなかではいちばんの適任だろう。
***
「……ういろう?」
「名古屋か」
「待って待って、候補ならまだまだあるよ」
適任すぎた。コンビニから帰るなり早足でスプーンを確保したシアはつらつらと並べ立てる。その表情はいかにも楽しそうで、どれも彼女が気に入ったものだとわかった。
「冷蔵庫から出したてのケーキとか」
「……近いかも」
「冷蔵庫から出したてのみかんとか」
「ぜんぶ冷蔵庫かよ」
「じゃあ、これ。アイス!」
「やわらかいっていうか、無じゃん。すぐ溶けるし」
「無ではないでしょ無では。ほら、シャニも食べないとそれこそ溶けちゃうよ」
こうしてぐるぐると歩きながらの食事は落ち着かないが、ひとつの有効打も出せないまま座っているよりよほどいい。シアがよこしたカップのバニラを口に含みながら思い至るのは、ここまでの冷気ではなかったということ。反して甘みは、だいぶ追い求めていたものに近かった。
「昔食べたものの思い出かな」
「よくわかんない。起きたら忘れた」
「シャニがそんなに気にするなら、きっとすごくおいしいんだろうね」
微笑む彼女のはるか遠くから「僕のはー?」と催促の声がする。階上に向かって大きく「テーブルの上―」と返すその唇は、直後シア自身によってぺろりと舐め取られた。
わずかに残っていた白いバニラが、すっかりいなくなる。
「シア」
「なぁに?」
椅子に収まったままこちらへ向き直ったその目は丸く、まっすぐ見上げてくる形になった。
テーブルに手をつけば容易く押さえ込めるところ。
「シャニ」
驚いて弾む声を塞いだ。とんとんと階段を下りてくる足音が近づいてくる、その間も。
ようやく見つけた。
そんな確信を知ってか知らずか、シアの瞳が揺れる。真夏の陽炎みたいで、だからそんなに赤くなっているのかもしれなかった。こんな光景を今の今までどうして忘れていたのかわからなくなるほど、高揚していく。
ランダム単語ガチャ No.225「アイスクリーム」