ヘッドショット

 

 連合の、どこかの基地では研究が進んでいるらしい。薬物投与とカウンセリングとその他もろもろで痛覚をコントロールする技術だ。その処置を受けた後は、たとえばケガをすると体のどこかが痛いとはわかるが、それだけ。痛みの上限がとことん低くなるから、どんな負傷をしても行動不能に陥ることがなくなる。つまり痛みを恐れずどんな作戦もやり遂げる理想の兵士というか兵器が作れるのだという。

「普通はそんなことしないっておっさんは言ってたけどね」
「どうして?」
「痛みは最高のシグナルなんだってさ」

 アリーシアは食事の手を止めて聞き入っている。専門分野が違っても新技術には興味はわくものなのかもしれない。普段は何につけても説明される側だから、高いところから景色を見下ろすような爽快感と似たものを感じた。ことば少なに頷いたり相づちを入れるだけの静かな反応が心地よくて、話し続けるうちにこっちもパンが冷めはじめていた。固い端っこにかじりつくと、アリーシアも気づいたのかスープを口に運ぶ。

「アリーシアはこの前頭痛いって伸びてただろ」
「うん。少し休んだらよくなったよ」
「それといっしょ。これ以上無茶したらやばいことになるぞっていう警報が痛みなんだって」

 せっかくの食事が喉を逆流していきそうなわずかな不快感を水でごまかした。彼女が正しく痛みに振り回されて――もとい、コントロールされているのと違って、僕にとって痛みはひたすら罰だ。薬と処置を取り上げられるだけの、する側にとってはお手軽な罰。言うことを聞かない生意気なガキに振るう平手と同じ。それがいやなら従っていればいい。おまけに楽しい戦闘もついてくるのだからお得だ。
 ――咀嚼で顎が疲れるのも重なってげんなりしてくる。この体が、もしかしたら思考も、誰かに操作されているのがありありとわかって。

「クロト、もの知りだね」

 そんな内心を知ってか知らずか、アリーシアはただ感心して頷いた。その笑みが甘いスープではなく僕のものだというのがわかって少しだけ気持ちが浮き上がる。おかげでここが食堂だというのを思い出せた。間違っても、あの痛みがやってくることはないところ。

「わたしは自分の持ち場でせいいっぱいなのに」
「毎日あれもこれも大変だよね、なにしてんのあれ」

 そういえば彼女が、というか艦の人間が忙しなく動いているのがなんなのかほとんど知らない。興味がないからだ。それを思うとアリーシアの感心のもとに行き当たる。

 あの話は、移動用の船でアズラエルと軍服の男が雑談のように軽く交わしていたのが耳に入ってきただけのもの。その程度のことをとても詳しく覚えていられたのは、それに興味があったからかもしれない。

 とてもいいものに思えたから。

「アリーシア」
「なぁに?」

 こちらに向き直った彼女の額に不意打ちのデコピンを入れる。ひゃあと情けない悲鳴を上げて立ち上がるおかしな様子がたまらなくて予想より笑えた。それが怒りに油を注いで。

「い……ったい! なにするのクロト!」
「あー、ぽかんとしてたからつい、あははは」

 反撃の構えを見せる彼女は、食堂の隅っこにいた男のせき払いで不服そうに中断する。やはりアリーシアをからかうと楽しい、これも痛みを痛みと感じるからこそなのかもしれない。ちょっかいを出して無反応ではつまらないじゃないか。

 そう考えると、あの技術とやらもいわゆる器用貧乏に思えてきた。人間に必要不可欠な要素すら取り上げる行為。

「そんなことしても頭ぶち抜かれたら終わりなんだけどね」

 これは、自分たちが被験者にならないと知ったうえで談笑していた男たちへぶつけたくなった、けれどその機会を失った、ひとりごと。

 ――なんて事情を知るはずもなくさっと両手で額をガードするアリーシアが、腹をくすぐるような笑いを誘う。

「デコピンで頭はぶち抜けないでしょ……」
「おでこがへこむくらいはあるかもしれないから……」

 さっさと食べんか、と呆れた横槍が飛んでくるまで僕はしばらく大笑いをこらえるのに余計な体力を使った。だから、何が自分にとって最適解なのかはすっかりどうでもよくなって。

 とりあえずはふたりで冷たい昼食をとることが最優先事項。

 

ランダム単語ガチャ No.5720「ヘッドショット」

 

伊藤計劃「虐殺器官」