「わたしの家は火葬だった。でも土葬のところもあるみたい……」
思い出しながらの発言はあいまいに揺らいだ。そうさせたオルガは頷きながらペーパーバックへ視線を戻す。いつも静かに本を読む彼がこちらへ声をかけるときは、だいたいその頁の上に現れる異文化についてだった。ほんのわずかに残る故郷の記憶と、ラボの景色だけが世界のすべてだったからと。
「じゃあこの、骨壷ってやつは火葬の後に作るんだな」
「そう。遺体を焼いて、残った骨を……そのまま残したり、粉になるまで砕いたり」
「そんなことすんのか」
「遺骨を家に残す国もあるみたい。うちはお墓に埋葬したよ」
今度はどんな話を読んでいるのかとその手元をなぞってみると、骨壷から蛾が這い出て飛んでいった。
まるで、生まれ変わりのよう。死の中から生きた命が羽化するそのシーンはいともたやすく脳裏へ描かれていく。その紙面から目を離したくなくて、作業を中断してオルガの腰かけるベッドに移る間に彼はため息まじりに。
「俺たちの中で誰かが死んだらそれきりだったからな。大人が外に連れ出して終わりだ」
弔いを見たことがないというオルガには遠く、現実感のない光景なのかもしれなかった。それまでいっしょにいた子どもたちがある日突然いなくなることは、当たり前ではないにしろめずらしい話、ただそれだけで。
「それなら、あいつらはきっと火葬だったろうよ」
どこかを見るオルガの目は、人格を排した灰と骨を想って。
万一ラボから出た遺体をどこかに奪われたら大問題になるのだろう。それを防ぐための処理。子どもたちはどこにも飛び立てないまま土ですらない地下に眠っている。
「俺たちはどっちでもないな」
「どうして……」
「逆に聞くけどよ、ここから生きて帰るのと撃たれて蒸発するのとどっちが現実的だと思うんだ?」
――答えられない。そんな、わかりきったことは。
ぱたりと本を閉じて、枕もとに放り。
「たくさん落としてきたからわかる」
オルガはわたしの奥を見据えた。皮膚も肉も通り越して、この姿勢を維持する骨格へ。
「体のひとかけらも残らないんだろ」
ふと手を取られて、ゆっくりと握り込まれて。そうっと指がたどっていくのは、まるで見た目ではない本当の形を確かめていくよう。オルガの指先は硬くて少しだけ冷たい。目を閉じていてもその動きを追えそうなほど、わたしとは相いれない輪郭。
もし真っ当に燃やしてもらえたなら、そこでやっと同じだ。そんな諦念をよそに、オルガはいたずらっぽく笑う。
「なぁ、アリーシアはいったん国に帰って死んでからここに戻ってこいよ」
「死んじゃったら、戻ってこられないよ」
「焼いたら骨は残るんだろ」
あ、と、声を上げる間もなく。わたしの人差し指にはオルガの白い歯が軽く立てられていた。鋭い切っ先は指よりも確実にわたしの内側へ至ることができる。触れるよりも正確に、わたしのつくりをなぞれる。
――それはほんのわずかに皮膚を抉る寸前で関節の曲線に阻まれ、叶わなかった。
伏せられていた目はそこで、ふっとわたしのほうを見る。今度は、わたしを。真剣な表情のオルガを見上げたまま何も返せないわたしを。
「ぱっといなくなるのと、死ぬのじゃだいぶ違うぞ。アリーシアは普通に死んで、そしたら俺にお前を半分くらいくれ」
骨壷から出ていく蛾。オルガはわたしのどちらがほしいのだろう。
どちらだって構わない。
「ぜんぶあげる」
なんとか絞り出したことばがあいまいに揺らいだ理由がわからない。
「ぜんぶもらって……」
「……墓に入れるんじゃないのかよ」
今度こそは、声が出なくなる。黙って何度も首を横に振るとオルガは「泣くなよ」とだけ言って、わたしの肩に空いていた手を重ねた。
「お前の家に帰れなくなるんだぞ」
だって、わたしはきっとオルガのひとかけらも手にしてあげられない。それなら、せめてその逆くらいは。
こんな、簡単な答えすら口にできなかった。ふとした瞬間に崩れそうになるこの体は、今はオルガだけが支えている。
ランダム単語ガチャ No.1484「エンドロール」
甲田学人「夜魔-奇-」「魂蟲奇譚」
