「すっごくいい匂いがしたんだよ」
「理由はそれだけ?」
じとりと睨む目線が緩むことはなく。
「……すっごく腹減ってたんだよ」
「言いたいことはそれだけ?」
態度が軟化することもない。
「うっそだろアリーシアがここまで怒るのかよ……?」
「さすがにこれは怒るでしょ!」
「あーはいはいスイマセンでしたー! 悪かったよ」
仁王立ちの上に腕組みをし、かけ慣れない眼鏡をかけた出で立ちはアリーシアを少しだけ尊大な人間に見せた。あくまで見せるだけ。何をどうしたって彼女は華奢で小さい。怒ったって大した迫力はないのだが問題はその原因だった。
リフレッシュルームの机には、すっかり空になったパスタの皿がぽつねんと取り残されている。
「わたしが、わたしが楽しみにとっておいたのに……」
聞けば私物のレトルトを持ち込んだという。艦ではどうしてもメニューが限られるからと誰もが取る方法だった。自分はと言えばさほど興味がなくそんなことはしなかったが。
――だからこそ、温かな湯気を立てるトマトパスタを見つけてしまったのがいけなかった。つやつやとしたパスタに、甘酸っぱい香りのトマトソース。食べたことなどない一品が鎮座しているのを前に、気づけば手が動いていて。
たったひと口のつもりだったが止められなかった。
少し席を外していたアリーシアのものだとは露ほども思わず。
「……おいしかった?」
「そりゃ、とっても。サイコーだった!」
「クロトー……」
「ごめんって」
とはいえアリーシアの料理を思いかけず食べられたのはこちらとしては幸運だったりする。むっと頬をふくらませる憤慨っぷりは、さすがに申し訳なくなってくるが。
「わたしもお腹空いてたのに」
「この前もらったチョコバーやるよ」
「だめ。休憩時間に買い出しに行ってくる。クロトも来るんだよ」
「は? 僕?」
「荷物持ち! 申請出しとこっと」
「えーこの後中ボスが……って聞けよ!」
端末からさっさと処理を済ませていく手つきに迷いはない。待機中にゲームを進めようと思っていたが空振りに終わるらしい。
「いいのかよ、ちょっと軽すぎない? ……アンタだけで僕のこと連れ出して何か起きたらどうするのさ」
「そのときはクロトがわたしのこと守ってくれるよね。強いんでしょ?」
いやそうじゃなくて、と訂正しようとして止めた。
根本的には、こちらに向けられるものは信頼のようだ。何の心配もしていない笑顔とともに。
――悪くはない。
「アリーシアよりはずっとずっとね」
「じゃあ大丈夫! ほらほら準備して」
「着替えるだけだって、すぐ済む!」
一気に弾む声に急かされるまま、簡単に皿を片づける。
「弁償の代わり。しっかりボディーガードするよ」
あわよくば、またアリーシアの手料理を食べたい。大して食事にこだわったことなどなかったはずなのに、芽生えたのは何とも単純な欲求。
ランダム単語ガチャ No.3534「トマトソース」
