気分よく自室を出ようとしたところを阻止されたのを、通路の誰も目撃することはなかった。押し入ってきた三人の誰かがロックをかければ、この部屋の様子を伺い知ることは不可能。そのせいか、三者三様の余裕が表情に浮かび。
「さてと、確かめさせてもらうぜ」
勝ち誇られる意味も理由もわからない。オルガがぐいぐいと距離を詰めるのを何となく後ずさって避けようとする間も急いで記憶を探って、空振りで。腰にデスクの端がぶつかるのが最後通牒のよう。
「俺たちに何を隠してんだ」
「何も秘密なんてないよ」
「どうかな? ほぼ毎日いっしょにいるけどアリーシアってときどき謎だよね」
その声は背後から響いた。いつの間にか回り込んでいたクロトにやんわりと両手首を掴まれると、いよいよ逃げ場がなくなる。大声を出したら誰か来てくれるだろうか――望みは薄い。艦長の影響か、リフレッシュルームでもないそこらをのんびり通過する人間はほぼ限られていた。もっと言えばその限られた人数の全員がここに集まっている。
「やだ、クロト放してってば……オルガ! ちょっと悪ふざけがすぎるよ」
「すぐ済むから大人しくしてろよ」
オルガの大きな手が両頬を包む。笑みを含んでなお真剣な瞳に覗き込まれる前に視線をそらしてもがいても、返るのは耳元の楽しげなからかいだけ。
「だーかーらー、諦めろって。実は僕なんだよねーこの中で白兵戦がいちばん得意なのは」
「いちばん力持ちってこと……?」
「あたり! アリーシアなんて簡単に抑え込めちゃうよ」
「シアってたまにバカだよな。相手が誰でも勝てないくせに」
置いてあったドリンクを勝手に飲み干したシャニが喉の奥で笑う……のついでにつかつかとクロトに歩み寄って膝蹴りを入れるのはどういう感情なんだろう。
「ってーなシャニ!」
「うざい、いつまでもくっついてんなよ」
「お前にだけは言われたくねーから日頃の行い思い出せ!」
「……ちなみにオルガは?」
ぎゅっと目を閉じて問いかけると得意げな答えがある。それと同時にわたしの何を観察しているのか、かけらとわからない。本当に心当たりはなかった。こうして取り囲まれたあげく尋問されるような悪事は働いた覚えがない。
「俺はこいつらより視力がいいんだ」
「あー、狙撃手……」
「……俺は……」
「シャニは……?」
「いちばん計算が早い」
「すごい」
「微積分さらっとこなすよなーわけわかんねえ」
「つーわけでお前はそこで見てろ。最終判断は俺だろ」
ひええ、なんて情けない声がこぼれてしまう。オルガが近いのが空気でわかる。クロトが拘束を緩める気配がないのもシャニの視線が頬に刺さるのも。ごめんなさい気に障るようなことをした自覚はないしやってないって断言できるんだけどここまでされたら自分を疑わざるを得ないからせめてせめてヒントをちょうだい!
「うるせえアリーシア全部声に出てんぞ」
「あたっ」
ぽこんと脳天に降りてくるチョップとともにため息混じりに「確定だ」なんて言われたらもちろん何のことだかわからない。
「こいつ化粧が変わった」
「あーそういうこと!」
「えぇ……そんなこと確かめにわざわざチーム組んで来たの……?」
「いつもよりシアが、何というか……冷たい感じに見えたから」
ぱっと目を開くと、呆れた顔のオルガの隣でシャニが首を傾げて覗き込んでいる。正確には、わたしの瞼を。
バジルール艦長の凛々しさに憧れて! と見様見真似でいつもの身だしなみに追加したダークブラウンのアイラインを三人は見抜いていたわけだ。
今日気づいてなおかつ口に出して褒めてくれたのはフレイだけだった。そんな午前の喜びがだんだんと胸を温めていく。
「なーんだ、じゃあ大丈夫じゃん! アリーシア、オルガさぁ『何か思うとこでもあったんじゃねぇのか』って半日悩んでたんだぜーおっかしーの」
「てめぇ告げ口してんじゃねぇよ! そういうクロトこそアリーシアのこと毎度毎度目で追ってただろうが!」
瞬く間にいつものテンションに戻っていく彼らを見てそうっと胸を撫で下ろしたのはないしょだ。ちなみに立ち位置的な意味では状況は全く変わっていない。つまりわたしはオルガにもクロトにも捕獲されたまま。
「助けてーシャニー……」
「気に食わないけど面白いからこのまま眺めとく。というかシアもまんざらじゃなさそうだけど」
「……えへへ、まあね。お化粧の仕方は考え直さなきゃだけど、気づいてくれて嬉しいなって」
ふぅん、と、シャニは唇に微笑を乗せた。
「そうやって笑ってると全然冷たくない。見間違いだったかもな」
「そう?」
「どっちかって言うと、かっこいい寄り」
「ありがと……えへへ……」
「おいおい、なーに気の抜ける笑い方してんだよ」
「シャニが褒めてくれたんだもの」
何だそれ! と、全く同じ驚きが正面と背中で弾ける。
ランダム単語ガチャ No.4125「アイライン」
