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 商品入れ替えのため値下げ中、大容量サイズ。火種用の固形燃料がセットでさらにお買い得。

 おもちゃ屋でシャニが興味を示したそれをお土産に買ったことを、宿舎の通用口に詰めている兵士に報告した。窓口の向こうで眠たげにしていた彼はすぐさま「正気か」と言いたげなうろんな目になる。

「今夜だけです、打ち上げはしないので」
「正気か?」

 声に出された。もちろん正しいのは彼の方だ。火気厳禁は基本中の基本。

 だから、シャニが片腕にやすやすと抱えた花火セットを許してくれるはずもない。こうなるとわかってあえて持ち込みを申告したのは、単なる後顧の憂いをなんとやら、あとはダメ元。

「火つけるだけなのに? この前あんたらがシアから持ってったのがあるからできるじゃん。マッチ」
「返すわけないだろう。それも没収だ没収」
「オッサン連中はタバコ吸ってんだろ」

 そうだそうだと小声で加勢するのをひと睨みされてやっぱりダメかと諦めかけてしまう。そこへ外出ついでに割り込んで来たのが、宇宙にも帯同する予定の医務官だった。ぼそぼそと二、三を兵士に話しかけた彼はこちらに目もくれず立ち去り、その後は兵士の咳払いが続く。どこか気後れした、歯切れの悪いつけ足しとともに。

「あー……企業の敷地に面したグラウンドがあるだろう。そこでならば許可する」

 急な方針転換についていけないわたしの隣で、小さく毒づく声があって。

「最後くらい、だって。今のあいつ」

 ***

 すっかり暗くなった夜にも、グラウンドにはそこそこの人数が出てきていた。片隅のバスケットコートに数人、巡回警備やその引き継ぎに数人。フェンスの向こうでは帰宅する企業の社員がぽつぽつと。確かに、監視を思わせるには十分な環境だった。もしも(本当にもしも)悪意をもって動くには相当やりづらい。まだ視界が利く昼の方が油断を誘えるだろう。

 彼らから距離を取ろうとすると、使うスペースは必然的にグラウンドの真ん中になる。オルガがバケツに水を張って運ぶと、歩くたびちゃぷん、と涼しげに水面が跳ねた。彼の歩幅は大きいから、その間隔はゆったりとした波音のよう。

「バケツがセーフならライターも夜間外出もセーフにしろよ」

 口調はゆったりの対極だけど。対極といえば、クロトは不思議そうにしながらもばりばりと急いで花火の包装を開いている。

「それより、なんでいきなり花火? アリーシアが言い出したの?」
「うん、わたしがやりたくて。シャニも、ね」
「ん」

 ぎこちない手つきでマッチを擦りながら頷くシャニは、地面に置いた固形燃料へ火を灯した。

 水色の燃料の上でオレンジの炎が揺らめくのを、どこか夢でも見る気分で見つめる。少し離れていてもほんのり温かい気がして、微かな眠気すら誘った。これから目が覚めるような楽しいことが始まるのに。

「やったことねぇよ、花火なんて。燃えてるの見て遊びになるのか?」
「色がいっぱいできれいだよ。こうやって……」

 手持ち花火の先端から紙をちぎり、火をつける。一瞬の沈黙の後に、絶え間ないシャワーのように火花を散らす黄緑色の光がわたしたちの周りを明るく照らし浮かび上がらせた。

「まぶし」

 火種を挟んでいちばん近くにいたシャニが、思わずといったふうに声を上げて目を細める。しゃがみ込んでいたところを完全に地面へ腰を下ろして、クロトが投げ渡してふらふらと落ちてくる線香花火を受け取りながら。

「機体の修理に使うやつみたい。うわ」

 クロトが隣でもう一本に点火する。シャニとは反対にぱっと見開かれる両目に、真昼のような白い火が灯った。面白がる笑い声がわたしをの方を振り向いて華やぐ。

「すげー、なんでこんな光ってんの? あっつ」
「そりゃド派手なほどいいんだろ。どけどけ」

 わたしたちの間から割って入ってきたオルガも。

「は? なんで俺のは細いんだよクロト」
「別にどれもいっしょでしょ? 文句あんならそこから一本持ってけよ」
「アリーシア、どれが強いんだこういうのは? 赤か?」
「花火ってそういうのじゃないから……」

 シャニの線香花火がじりじりと丸く膨れていく間、オレンジや赤、白の光が次々にあふれていった。

 まるで、子どものころ夜空を見上げては探した流れ星のよう。

 暗いところで遠く輝いて、ときおり瞬いて。どうやったって届かない宝石みたいなそれが、本当に貴重だけれどどこかへ降っていくことがある。そんな現象を知ってからは何度も。

 今は「なんで赤?」「三倍だ三倍」と言い合っている彼らも、興味はどうあれ星をながめたことくらいあるだろう。

 空に無数に散るきれいなもの。それは宇宙の中に泰然と当然に飲み込まれている。

 わたしたちがこれから飛び込んで、否が応でも壊して汚してしまうところ。きっと、そんなことをする者は許されない。瓦礫もろとも生も死もみんなまとめて丸呑みしてしまえるほど大きくて、暗くて、途方もないのだから。どこまでも平等で、怖い場所。

 星を探す余裕すらないそこへ、彼らが。

 ここは暗くてもこんなに明るいのに。

「アリーシア、これやるよ」

 クロトが含み笑いをしてわたしの手に新しい花火を持たせてくれる。かと思えば自分の花火でいきなり着火するものだから驚いて大声を上げてしまった。文句をぶつけたくても、犯人は今度こそ大笑いしながら火種の向こうへもう逃げている。その傍らでおかしそうに口の端を上げたのはオルガ。

「なにビビってんだ大げさな」
「クロトのせい!」
「僕からのサービスだって!」
「走んなよ、玉落ちただろ」

 シャニがバケツめがけて放り捨てた線香花火が、じゅっとわずかな音を立てる。それでも、その手には次の(かつ、またしても)線香花火が握られていた。

 今なら火を灯せばいつまでも光がある。今なら、こうして四人そろっていられる。

 昼に言われたとおりだった。あんな、いつまでも真っ暗なところなんかに行かなければ。

 そう思うと、つい。いつの間にか。

 お腹の底の少し上の方から、冗談めかして片づけたかった本音が勢いあまって飛び出していた。

「宇宙になんて行きたくなーい」

 ***

「俺たちには生きてて欲しいのか、つまり」

 だんだん少なくなってきた花火のひとつを中空にかざしながら、オルガはげんなりと眉を寄せる。くだらないことに気づいたと言いたげだ。心外な反応。わたしにしてみれば。

「……いけない?」
「逆だ逆」
「僕たちはこのまま行ってもそのうちどうにかなるんだってさ。決定事項ってやつ」

 オルガのそばで座り込んだわたしの横で、クロトが同じく線香花火に火をつけた。あんまり近すぎるからわたしのものと火花がぶつかりあっている。小さくぱちぱちと弾ける音は心地よくて、だからこそ話し声を遮るには至らない。あまり嬉しくない話題を。

 あいまいにぼかされてはいても、クロトが言っているのが彼らのタイムリミットのことだなんてすぐにわかる。

「でもアリーシアは違うんでしょ、まだ。じゃあなんで戦闘になんて出てこなきゃならないわけ?」

 火の玉を見下ろして、つぶやくような声量で。

 そのとおり、わたしには選択肢として軍を辞めることが残されていた。それを踏まえてどうして、わたしは行かなくてはならないと思っているのだろう。命令だから、地上の友人たちのためだから、戦争の早期終結につなげたいから。どれも正しくて、けれどすべて足しても三割にも満たない。

 答えを掴みあぐねて、途方に暮れたと口にしたくはなくて空を仰ぐ――その途中に、火種の近くシャニと目が合った。残り少なくなった固形燃料を覗き込んでいた視線を、上目遣いにこちらへやっている。

 無言で、小さく首を傾げて。

「アリーシアのやりたいこと」

 さっき、シャニはわたしにそう聞いた。たくさんあって、ありすぎて挙げるのに困る問いかけだ。それでも三人は待っている。

 艦の中、戦闘、海、四人部屋、白い町並み、温かな食事。どの景色にもいた彼らが。

 ふたつの線香花火が落ち、クロトがぐっと寄りかかってくる。オルガはそんな様子を見下ろしたようだった。靴の先がこちらを向く。正面では瞬きがひとつ。

 まだここにいる。

「いっしょにいたい」

 ずっと奥で、フェンスの電子ロックが静かに主張するランプがぼやけ、滲む。

「それだけ」

 

 残り数本の花火を残して、ふっと、幕を下ろすようにはっきりと火種は立ち消えた。細い煙は暗がりに白い筋を描き、やがて薄く広がってぼんやりとした道を敷く。