ことばに、画面にマスキングされているかのよう。これが、少し昔の映画のレンタル盤だというのは多分関係なく。全編こんな調子だとしたらとんでもないことだ。名作の半分も楽しめなくなる。暗くした部屋とおいしい飲みもので盛り上げたのに、そんな予感がして。
せっかくの字幕設定なのになんと伏せ字にされている部分がある。一度二度ではなく何回も。いわゆるスラングや放送禁止用語というものかもしれない。いかにもなならず者からライダースーツの美女まで、隙あらばと言わんばかりの勢いだ。
「そこで****してろ!」
またしても、今度は主人公の青年が敵を指差して怒りながら。
もしかしてストーリーを掴むのに重要な要素なのかも、と心配になって隣に座り込むシャニへ小声でたずねることにした。この部屋に来た時点でくしゃくしゃだった彼のベッドの上は避けて、ふたりともカーペットの上。
すぐそばに置かれた水色のトレイ、その上に乗るマグカップふたつのどちらかがかろんと小さく氷を溶かす音が涼しげに浮かぶ。シャニのコーラか、わたしの麦茶。
「ね、シャニ」
「なんだよ」
据わった目でモニターをながめながら答えるのはややくぐもった声。これはわかる。話しかけるな、ではなくて中途半端に眠たいときのもの。この様子なら、シャニにとっては話がちんぷんかんぷんということはなさそうだ。若干つまらなさそうではあるけど。
「****ってなに?」
音では聞き取れても中身が読み取れなかったそれを口にして――ほんの少し驚いたように振り向く表情があるのはすぐ後のことだった。
「それ」
食い気味、前のめりな、いつもとは正反対な反応に思わずのけぞってしまう。よほど珍しい単語だったのか、はたまた倫理的にダメだったのか、と推測している場合ではないのかもと疑わせるほどの豹変。
骨を感じさせる手がトレイをモニターの方へ押しやり、そうっと伝えられるのは。
「✕✕✕✕って意味」
「えっ」
ことばだということだけがわかって、消化されずに残り続ける異物めいたものだった。
「えっ?」
耳を疑っても、細めるように歪むように曲線的になる片目が本当のことだと無言で示す。揶揄より愉悦に寄った形をした三日月。
「えぇ? そうなの……?」
日常生活ではよほどのことがないと、そしてよほどのことがあっても到底使わない単語は、口元を手で覆わずにはいられないほど品のないものだった。画面を華やがせていたあの優等生っぽい、可愛らしさすらある若い青年が吐いたなんて信じたくない。逆にシャニには絶妙に合っている気はする――いいことなのかどうかはさておき。
「じゃあ、さっきの〇〇〇〇は?」
「△△」
「……■■■■■■■■■は……?」
「そのまんま。◎◎と☆ってろってことだよ」
「なんで……なんで?」
すらすらと答えが出てくるさまは、辞書を暗記でもしているのかと勘繰りたくなるほどスムーズだ。そんな単語が生まれた経緯も意図もわからない尽くしの連続、頭を抱えたくなるところをやっぱりシャニは食い入るように見つめてくる。観察を通り越して凝視だ。こんなに近くにいるのに。
「相手をものすごくコケにしてるっていう煽りだろ」
「それにしてもでしょ……あ」
そばに置いてあったサイドテーブルに背中がぶつかりかけるのを、シャニの手がわたしの肩を引き寄せて止めた。シャツの上から触れる温度が嫌でも連想させるのは、先ほどの普通じゃない隠語たち。きっと氷でも冷ませないほど頬に熱が集まっていく逆を行って、長い指がわたしの背を支えようと上から下へそうっと滑っていく。
いつしかそこからは笑みが抜け落ちた。前髪の向こうで無表情を通り越して、真顔が。
「シャニ」
うつ向くのに合わせて垂れ下がる彼の柔らかい前髪をそうっとかき上げてみる。額が、隠れていた左の瞳があらわになってもシャニは微動だにしなかった。とろりと眠たげな普段の瞬きはどこへやら、刺すような視線がわたしの頭からつま先までことごとく射抜いて縫い留めていく。
「なに」
「シャニが変わっちゃったみたい……」
まるでスクリーンの向こうのスターのようだった。見る者を惹きつけて離さない引力がシャニには、その目にはある。彼の場合は刃物じみた威力をまとってわたしを貫いて。
視線をそらそうとあがくごとに、それが無駄だとわかるほどに、心臓がうるさく騒いだ。
「どうして?」
「……シアの声で」
正解を紡ぐ糸を探るような、途切れ途切れに飛ぶ音。やがてそれが見つかったのか、不意にシャニは口角を上げた。
麦茶よりも、コーラよりも底の見えない視線で。
「いいなって思った。お前の口からえげつねー単語出てくんの」
告げられたのは清々しいほどのストレート。
「アガる」
とろりと甘いものを含んで。
「ん。それだけ」
「えぇ……」
その「えげつねー」ものをお腹いっぱい詰め込んだままのわたしを置いて、シャニはひとつ頷いた。納得、すっきりといった晴れやかさで観客の枠に戻っていく。
そうして水滴が浮きつつあるカップを持ち上げる、なんてことない仕草をなんとなくながめてみる。手首から手の甲への角度、長さ、どこか鋭角みのある爪。
煙草やお酒を持っているのだと見間違えそうにもなり。
ふと、もしかしてと万にひとつと心配になって部屋をぐるりと見渡した。背の高い棚からこぼれそうに詰め込まれた雑誌やCD、たまにカセットテープ。若干明かりを落とした室内でほのかに灯るのは、暗色のカーテンの向こうからうっすら光が差す夕方。これは日常風景。
そうだと言い切れなくなる没入。
ここは、どこかスクリーンの中?
視線を戻す。シャニは横目にわたしを見つめていた。愉快そうな、見る者を惹きつけて離さない――だけでは足りずに引きずりこむ引力。
ランダム単語ガチャ No.2690「性癖」
オンライン夢創作イベント「ジュゲムジュゲ夢 vol.12」にて展示
