おぼえがき

 

 アリーシアが持ち込んだ私物の中には卓上カレンダーがあった。観光地の写真が印刷された色鮮やかな――だが古めかしさも感じる代物。実物を見るのはこれが初めてだ。

「予定なんて端末にまとめてなかったっけ?」
「そうだけど、せっかく当たったから」

 くじ引きの景品というか参加賞らしい。律儀に使わなくともいいのに、それは常に彼女のデスクの隅にぽつんと立っている。そしていつしか部屋に訪れる人間に好き勝手書き込まれる掲示板と化していた。昨日はシャニが「ぶどうゼリー」と朝食のデザートを殴り書き、今は僕が花丸を描いた。

 今日はアリーシアの両親が安息日と呼んでいた曜日、らしい。詳しいことはあまり覚えていないが、退役後の彼らにとっては大切で、なぜだか文字が赤い曜日。

「僕たち来週あたりにでも撃たれて死んでるかもね」
「それ先週も言ってたぞ」

 なんて話をオルガとしていた日から、ちょうど一週間後だった。

「え、じゃあ僕毎週おんなじこと考えてるってこと?」
「よく飽きねぇな」

 なんとも湿っぽい気づきにオルガは呆れて部屋を出ていく。

 残るのは僕と、少し呆然としてこちらの話を聞いていたアリーシアだけ。

「クロト」
「……なに」
「やっぱりなんでもない」
「キレそうな顔してるじゃん」
「そんな顔してないよ……キレそうだけど」

 使う人間のいない、空っぽになった方のベッドにアリーシアは引っ込んでいった。それはただ僕から隠れるためで、こうして追いかけてやれば無意味になる。

「あのさぁ」

 少し乱暴に乗り上げると、新しいはずの金属もわずかに軋む。

 隠したがる表情がよく観察できる距離で、そんなささいな音は興味の外だった。自分を棚上げしていることに本気で気づいていない様子が楽しくて、おかしかったから。

「アリーシアだって似たようなこと考えてるだろ」

 とっさに言い返そうとしたらしい唇は、なんとなく血の気が引いたように感じる。

 あのカレンダーに、アリーシアが何かを書き込んだことは一度もない。

ランダム単語ガチャ No.4153「おぼえがき」