05

 よく眠っている。

 ボンゴレのいざこざが一応は収束した後も、すずめちゃんはしばらくひとりで眠るのを嫌がった。夜中にベッドに入れてやって、こうしていっしょに朝を迎えるのも何度目かわからない。やたらと身動きが取りづらいと思えば両腕で抱きつかれているのも、慣れた。

 カーテンを開けると、朝の眩しい光が容赦なく注ぐ。思わず眉をひそめるほどの光量にもすずめちゃんは動じない。ふっくらとした頬を指先でくすぐっても。呼吸を確かめるべきか一瞬考え込むくらいには、欠片ほどの反応もなかった。

 何の不安もない、穏やかな寝顔。元々の印象から輪をかけていとけなく見えて、まだできあがっていない体は寝返りで潰しかねないほど弱々しい。そう、すずめちゃんは弱いから、きっとひとりでは寂しくて仕方なかった。

「キョーヤのところで寝るの、明日で卒業するよ。ぼくほんとはひとりでも大丈夫なんだもん」

 そんな頼もしいことばは、三日連続で聞かされれば疑いたくもなる。卒業される側とすれば強行するような大ごとでもないが、本人にしてみれば今までできていたことができなくなるのは屈辱なのかもしれない。

「君はここにいたらいいんだよ」

 起こした体を再び横たえて、くたりと力の抜けたすずめちゃんの背中を抱き寄せる。その胸に耳を押し当てると、微かに心音を感じた。生きている。規則的な、少し速い鼓動。以前初めてこの音を聞いたすずめちゃんがすぐに寝ついたことを思い出す。確かに、眠気を誘う静かで柔らかな音だ。それが大切な相手のものだから、なおさら。

 そう、こんなことができるくらい近くにいたって構わないのに。今まで通りに怖いから助けを求めて、心細いからそばに来て、それでいいのに。

 ――そう考えると、だんだんすずめちゃんの思考回路が雲雀恭弥に似てきている気がする。悪い気はしないが歓迎もできない。素直に甘えるのが嫌だからもういっしょに寝ない、などとはっきり言い出すすずめちゃんを想像できないししたくない。

「どこにも行かなくていい、すずめちゃんはこのままでいい」

 抱きしめる腕に知らず力がこもる。

 苦しげなうめき声とともに小さな手がタップを繰り返すのに気づいたのはしばらく後の話だった。

***

「イーピンちゃんとランボさんと遊んでくるね!」

 どこかで聞いたような名前の子どもたちのところへすずめちゃんが出かけていくと、日曜の朝はやることがなくなる。「紫色の大蛇にぐるぐる巻きにされた」といやに具体的な悪夢を見た直後だというのに、着替え終わるころにはすっかり元気を取り戻したのはいいことだろう。

 開けっ放しのドアの向こうには、すずめちゃんの部屋が覗く。最初はただの空き部屋で、ベッドと机がある以外は何もない殺風景な箱そのものだった。今は可愛らしい私物でいっぱいかといえば、そんなことはない。箪笥の中はともかくとして、増えたものは壁かけのハンガー、目覚まし時計、そして使われていなかった書斎から持ち込んだ数冊の本だけだ。

 踏み入って机の上のそれを手に取ると、どれも昔の作家の全集だった。歴史書よりははるかに取っつきやすいだろう。すずめちゃんはよく本を読む。物語や図鑑、百科事典と、たくさんの頁を時間をかけて。書斎の棚に収められれた背表紙を楽しげに眺めるのを何度も見たことがある。

 だからなのか、ものをほしがることをしない。無欲なのとは違って本当に思いつかないのだろう。その代わりとばかりに甘えてくれるから気にはならないが、それもいつまで続くか。すずめちゃんも人間だから、目を離した隙に大きくなっていく。

 簡単に抱き上げられるのも、抱きしめられるのも今ばかりかもしれない。とはいえ、すずめちゃんが可愛いのはいつまでも変わらないし僕が可愛がることに変わりはない。あの子がここを、いや、僕のそばから離れることはないのだから――。

 そんな思考を、ひとつの音が唐突に遮った。

 単調な電子音。枕元にあるすずめちゃんの目覚まし時計は沈黙したままで、渡してあるPHSはいつものポシェットの中だ。それにこの音はまるで、携帯電話の初期設定のように新鮮味のないもので。

 携帯電話。ひとつ思い当たる節があった。

 全集の下、古びた机の引き出しを開ける。確かに電源を落としたはずのそれはすぐに見つかった。すずめちゃんが初めに持っていた方の、鳴るはずのない携帯電話。接触不良でも起こしているのか、やけに弱々しく通知ランプが明滅した。

 ただひとりしかいないこの部屋の静寂をかき乱し、着信音は止まない。

 しつこくコールを続けるそれをしばらく眺め、結局通話に切り替えた。すずめちゃんを呼んでいるのだろうか。それも「何もわからない」状態になる前の。なぜ今ごろになって? 誰が? そんな疑問は相手にぶつければ解決するだろう。話の通じる相手なら、だが。

「……ますか」

 耳に押し当てて最初の音は、酷いノイズだった。テレビの砂嵐をそのまま聞かされているも同然の大音量に混じって、確かに声がする。

「あなたは誰ですか?」

 やっと聞き取れたひとことで、相手が若い女性、それどころか幼い女の子のものとわかった。すずめちゃんが自分でこの携帯電話に電話をかけているわけではない。鈴の鳴るような、ともすれば聞き逃しそうになる声は、返事を期待していないとばかりに話を続けた。

「あなたはボンゴレの方ですか」

 硬く切迫した、歳不相応な響き。その口で呼ばれるマフィアの名は歪な違和感があった。彼女もまた、リボーンやディーノと同じ世界に身を置く人間なのだろうか。それがなぜすずめちゃんを知っている?

「詳しく話せなくてごめんなさい。どうか悲しまないで、これから大変なことがことが起こるけれど、大丈夫です」

 前置きの通りに脈絡のないことばは、しかし受け取らざるを得なくなった。

「すずめちゃんは」

 ――そのひとことを聞いてしまえば。

 しかし続くはずのことばは、複数の爆発音に完全に飲み込まれた。それは携帯電話、窓の外、両方から聞こえた。振り向いた先のガラスの向こうに、淡く霧散する白い煙がある。

 すずめちゃんが向かった方角に。