あなた好みは似合わない

 期待に満ちた目が、期待を込めて瞬くのを見た。

「仁くんの好きなタイプは、何かこう赤いのが似合う子なんでしょ」
「……んだその曖昧な質問は」

 鞠花の聞きたいことは大体わかる。とはいえ否定する意味もなく適当に返事をしてやると、途端に難しい顔をしてうなり始めた。それが聞こえるのは今の自分のように隣に立つ人間だけだろう。ここは煩わしいほどの人通りがある雑貨屋のいちコーナーだ(ほとんどの客はこちらを見るなり慌てて避けて通るが)。

「まだなのかよ」
「まだ三分もたってないよ」
「俺をここに引っ張ってくる必要があったかって聞いてんだ」
「仁くんに『どう似合う?』なんて聞いても答えてもらえないことがわかったので実質無意味」
「てめぇ」
「半分ほんとだもん」

 唇をへの字に曲げる鞠花の両手には、リップグロスがそれぞれひとつずつ摘ままれている。柔らかい印象の淡いピンク、目の覚めるような真紅。女子の化粧に詳しくない身でもはっきりと違いのわかる二択で、鞠花は悩んでいた。

 律儀にその葛藤につき合う気はもちろんない。だから千歩譲って棒立ちになってやっているのにまだ粘る。

「だから質問を変えたの。うーん、赤かぁ、こっちかなぁ」
「帰るぞ……おい鞠花聞いてんのか」
「待ってってば、あともうちょっと」
「ついてきてやっただけありがたく思え」

 その白い手の甲には、軽く擦ったように二色のテスターが小さく主張している。どちらが似合うか、それは十人に尋ねれば十人が口を揃えるだろうと断言できるほど明白だった。指摘してやるのは癪だから言ってやらないだけで。

 こう距離を詰めていると、鞠花を眺めるにはかなり視線を落とさなくてはいけない。ずっと低い位置で真剣になる目は、こちらに向けられることはない。

「決めた。こっち!」

 ――鞠花が向けるのは、こんな、楽しそうに輝く視線ばかりだ。それがなぜかなんてわかるはずがない。

***

「明日つけてみるよ」
「日曜にまでお前と顔合わせる趣味はねぇ」
「気が変わるかも? 電話するね」
「するな」
「だって仁くんメール使えないでしょ」
「馬鹿にしてんのか」

 拳を握って見せると、逃げているつもりなのか鞠花は笑って小走りに前に出た。帰り道はいつも通り、まずは彼女の家だ。休日の恒例行事と化したこんな習慣を続ける理由を、鞠花はわかっているだろうか。

 いや、きっとわかっていない。

「……そっちを選んだのはどういうことだ」
「えー?」

 少し先で振り返る影は長く、その背には日が沈み始めていた。今日はずいぶん長いこと、こうしてふたりで過ごしていたらしい。

「だって、赤いのはちょっとわたしには早いというか」
「はっきり似合わねえって認めやがれ」
「却下」

 言外に「いつか似合うようになる」と言いたげなふくれっ面も、丁寧のベールを纏わせながらしかしどこか挑戦的な言い草も、部員やクラスメートにはほぼ見せないものだ。そう気づいたのはずいぶん前で、けれど浮かぶのは不愉快とは程遠い感情だ。

 この鞠花を、ほかの誰も知らない。

「わたしの好きな色はこっちだったなぁって思っただけ。だからピンクにしたの」
「……俺のタイプの話はどこ行った」
「明後日の方向へ飛んでった……え、あはは、やめてってば」

 パーカーのフードを引っ張って頭に勢いよく被せてやったのは無言の報復だ。柔らかな髪が乱れるのをくすぐったがる鞠花を置いて先を歩くと、すぐ抗議の声とともに軽い足音が追ってくる。

「お前はそれでいい」
「それって?」
「うるせぇ行くぞ」
「もう」

 何ひとつ思い通りにいかない、気に食わない女――だとは思わない。

 それがなぜかなんてわかるはずがない。

「それなら仁くん、わたしが赤を選んでたらどう思ったの?」

 いや。

「仁くんの好きな色、わたしに選んでほしかったの? ……なんて、調子乗ったかも」

 ――わかろうとしていないのかもしれない。

 現に、目の前のこの表情の意味をつかみあぐねている。