こっち向いて

 御巫は、両手を緩く握り合わせたまま立ち上がろうとしない。その視線の先では、一年生同士の練習試合が未だに続いていた。

(数分前は押されてたやん。なかなか粘る)

 意外な展開に思わず口角が上がる。山吹と、どこか他校の一年生。山吹の緑のヘアバンドの彼は、確か御巫が心底可愛がっていたおチビさん。

 だいぶ息が上がってきたが、目はむしろ輝きを増してボールを追っている。力強いショットを見せるたびに、御巫は嬉しそうに息を呑んだ。

「優しくて、元気で、頑張り屋さんなの。わたし、あの子のこと大好きなんだ」

 以前にそう言った御巫のことばに嘘偽りはないらしい。真一文字に結ばれた唇も、どこか熱を帯びる眼差しも、今は彼だけのためのものだ。

「なぁ、隣ええか?」

 俺がそう声をかけることで、やっと御巫の意識がこっちを向く。突然感情のやり場をずらされて一瞬硬直した彼女は、すぐに平静を取り戻して「どーぞ」と微笑んでくれた。

「おおきに」
「あれ、もう氷帝の集合だっけ?」
「いや、まだ先や。後で一緒に行こか」
「うん」

 頷く御巫は、すっかりいつもの調子だ。部員に、クラスメイトに分け隔てない、笑顔の可愛い女の子。たまにウチの部長にからかわれて、拗ねたり反撃したりはするけど。それはそれでぷくっとした頬がえらい丸々して可愛かった。つつきたい。

「あーあの一年……壇やっけ? どうや」
「さっき逆転したの。忍足くん見てなかった? あのスマッシュ」
「あー……せやな、ちょうど日吉に呼ばれとって見逃した」
「そっかぁ。かっこよかったよ、こうね、すぱーんって」
「よかったなあ」
「うん!」

 にっこりする御巫の頬は微かに赤い。それは、俺と隣同士で話しているから……なんかでは、当然ない。

「羨ましいやっちゃ」
「太一くんが?」
「せや。こんな美人に応援してもろて」
「口が上手いなあ」

 ころころと笑う声が耳に心地いい。決して冗談ではないことと、羨ましいのは本気だというのはどうやったら信じてもらえるのか。

「あ……!」

 御巫がコートに向き直る。最後のワンプレーの後大きく歓声が上がり、それにかき消されそうなコールが彼の勝利を告げた。ベンチの仲間に笑顔で手を振った彼は、少しの間視線をさ迷わせるとこちらを――正確には、御巫を捉えた。

「……」

 あちらで大きく手を振るが、何を言っているかは聞こえない。それでも御巫はお構いなしに「見てたよー! おめでとーう!」と弾むように応えた。

 花が綻ぶような笑顔に、泣き出しそうに目が潤んでいる。真昼の光を返して、まぶしいほどにきらめいて見えた。

 次の試合よりも、これからの集合時間よりも、御巫のその横顔に心が奪われる。

(俺は)

 俺はこんな、素直で熱い感情を御巫に向けられたことはない。

 彼と同じように、いやそれ以上に御巫の激しい気持ちを感じてみたい。もっといろんな表情が見たい。なぜそう思った?

 答えは決まっている。

 御巫が山吹に戻るまであと数日。

 おそらく今までの短い人生で本当に久しぶりに、自分の気持ちを正直に伝える方法を真剣に考え始めた。

「まさか一年にライバルが出るとはなぁ」

 御巫は不思議そうに首を傾げる。