水面に映る

資料館に歩いていくノルンを見た、とクラスメイトに聞いたときから察しはついていた。彼女がひとりでそこに行くのは、九割が勉強のため、残りは――誰にも見られない場所へ逃げ込むためだ。

***

モンスターが出る領域の、比較的浅いところにノルンは座り込んでいた。見上げるほどの高さの壁、それを完全に隠してしまう大きな本棚に背を預けて、小さな手のひらで顔を覆っている。

歩み寄る足音にも気づかずに、肩を揺らして嗚咽を堪えているのを見ると、胸が潰れるような、締め上げられるような錯覚に陥る。わざわざこんなところに来ておいて、何を遠慮しているのか……それとも強がっているのか。

(そこへ踏み込む私もどうかしているのか)

「ここにいたのか」
「……ロクシス……?」
「あぁ」
「……」

情けなく震えた声に応えると、喉が痙攣するような苦しそうな呼吸のままノルンは顔を上げた。予想通り、その目は涙で潤んでいる。彼女の目の前に膝をつき、さっと周囲を見回す。

「襲われたらどうするつもりだ」

言ってはみたが、既に二体のぷにぷにが目を回して遠くに転がっている。自らの危険を排する程度の判断力はあったらしい。少なくとも先ほどまでは。

「私も、君を必ず助けられるとは限らない」
「……ごめんなさい……」
「いい。だから泣くな」

向き直って、ノルンの頬を伝う涙を指先で拭う。暗がりが降り積もったかのように視界が悪いが、ノルンが泣いていることくらいわかる。

「どうして……」

微かに目が伏せられ、視線が外れる。

「どうして、ここだってわかったんですか」
「君のことはよくわかる。よく頑張っていることも、その甲斐あって成績優秀なのも、だからつまづくのに慣れていないことも」
「……」
「そして、つまづいたときは誰とも顔を合わせたくなくなることも」

後から後からこぼれてくる涙を何度も掬う。ノルンは大声を上げない。それが苦しかったが、ノルンなりの矜持なのだろう。

それでも。

「余計な手出しだったらすまない。しかしノルン……」

冷たい床から引き剥がすように、両腕で背中を抱きしめる。あっさり傾いだノルンの身体は、すとんと胸の中に収まった。微かな衣擦れの音で、ノルンが驚いて身じろぐのがわかる。

「こんな、危険で……寂しいところに来ることはない」
「ロクシス……」
「もし次があるなら……そんなことが起きてしまったら、私のところに来てくれ。ゆっくり、慣れればいい」
「……っ」
「頼む」

柔らかい髪を撫でる。ほかに、ノルンを宥める方法を知らなかった。それでも、ノルンが落ち着くならいい。

「君が大切なんだ」

ノルンの頭を胸に押しつけるようにしているせいで、表情はわからない。

だが、小さく、ほんの小さく頷いたのが答えだった。

「ありがとう」

胸元で握られていた白い指が、きゅっと襟を摘んでくる。必要とされている気がして、一瞬だけ心が跳ねた。

「ロクシス、今……今。甘えていいですか?」
「あぁ」
「あともう少しだけ、こうしていてください」
「あぁ……」

ノルンの苦しさが胸を伝ってくるようだ。それをむしろ心地よく、誇らしく感じながら、返事の代わりにほんの少し強く抱き寄せた。