寄越せ

「ノルンはどこだ!」
「今日こそは白状させてやる」
「逃げられると思うな」

以上、全てロクシスの言である。先程まで大人しく机について、黙々と調合を進めていた――と思いきや突如立ち上がりアトリエを出ていった彼の。

(ほとんど)蹴り破っていた扉の先、通りがかった生徒たちはドン引きしていた。それはそうだろう。

「何、ホントにどーしたのよ……」

ようやく完成した楽器類を床に並べてご満悦だったニケは、足音荒く走り去った彼の背に呆然と目をやる。

ヴェインは見ていた。フィロが可愛らしく「てへぺろ」をするのを。

ロクシスが口をつけていたコップ。きよ水ではなく、惚れない薬が入っていたのをヴェインは知っている。

そう、薬に関しては右に出る者がいないフィロが、気合を入れて作った、惚れない薬だ。

***

「ダメだ!」
「止めろ!」
「出るなよ! 絶対出るなよ!」

以上、全てトニの言である。たまたま自身のアトリエに遊びに来ていたノルンが帰ろうとするのを全身全霊で阻止している。

「いいかよく聞けよ。お前を探してロクシスが校舎中を徘徊しててだな」
「は、はぁ……」
「ものすごい剣幕らしい。まさしく鬼、その形相たるや火竜クランプファイルの如し! ってレーネが言ってた」
「トニ先輩、言い回しがグンナル先輩に似てきましたね……?」

真新しいレシピを教えてもらえてご満悦だったノルンは、両肩を掴んで離さないトニを呆然と見上げる。

「ここでお前を匿ってたのがバレたら何をされるか……」
(トニ先輩、ロクシスに何されたんだろ)

こうまで率直に怯えるトニを初めて見て、ノルンはむしろ興味がわく。不謹慎を悟られないように、視線をそらしながら。

「でも、わたし心当りありませんよ? ロクシスに怒られるなんて……」
「ん? そーなのか? まぁアイツ神経質なとこあるし多少はぁああああ!?」
「きゃ……?」

トニのことばが轟音に掻き消される。それはアトリエの窓がほぼ殴りつけられるように押し開けられたけたたましい金属音だ。

「あー! お前、蝶番捻じ曲がっただろーが……」

奇声を上げるトニがだんだんと威勢を失くし、最後には凍りつく。その顔を真正面から見たノルンには、背後の状況が何となく、わかる。

そして振り向けない。

まさしく鬼、その形相たるや火竜クランプファイルの如し……なロクシスなんて、絶対直視できない。

「トニ先輩」

地の底から響くような、ドスの効いた低音。優しげ……かはともかく、そこそこ柔らかいと言えるロクシスの声とはとても思えない。

「ここで、ふたりきりで、ノルンに何を……?」

ぱた、パタと軽い足音。お行儀悪く、窓から乗り込んで来たらしい。

(ここ、何階だっけ……?)

思考がマヒしかけるノルンはぼんやりと思案する。その肩は、未だにトニに捕まったままで。

「いいいいいや待て、落ち着け、話をしよう、あれは今から……あ゛ーーーーー!」

バッとノルンから離れて後ずさるトニを追うように、ゾーリンシェイプが飛んでいって出入口の扉にサクサクサクサク突き立てられる。正直危ない。あれはカミソリだとレシピにも書いてある。

「殺意高い……」

それがノルンの最後のことばだった。

「ノルン」

ぽん、と。

いっそ薄ら寒ささえ感じるほど優しく、背後から肩に置かれる手。

「先輩に何をされていた……?」

何故。
どうして。
何をこんなに、ロクシスは怒ってるの?

今さらながら、ノルンは根本的な疑問に至り――それが解決することはなかった。

***

「そうだよ、飲んだひとの『好き』をそっくり反対に向けちゃうんだよ」

やっと反省したらしいフィロ(床に座布団を敷いて自主正座)は改めて、惚れない薬の効能を反芻する。経験者のニケは若干青くなっている。あの惨事を思い出したのなら無理はない。

何故かみんなで輪になって腰を落ち着け、各々で解毒剤となる成分の調合に取り掛かる。ノルンを保護しに急行したのはムーペだけ。攻撃力が高そうなあのロクシスから身を守れる装甲を持つのは彼だけだからだ。

「じゃあ、ノルン先輩には何の落ち度もないんですね!」

アンナの言うとおり。ヴェインは頷き、そして思い至った。

「ロクシスがもともと持ってた好きが、反対になったんだよね?」

ほぼ発狂と形容していいほど殺気立っていたロクシス。

「戦闘力で言うと4ケタは軽いだろうな」

グンナルが的確にスケールを提示する。そんなにも大きかった負のパワーが、本当は正のパワーだった、つまり……。

結局、パメラのことばが全てだった。わかっていたこととはいえ、全員あの暴走を思い浮かべ改めてロクシスの「重症」ぶりとノルンの受難を思いやった。

「まぁ〜、大大大大大好き、だったのね〜」