困り顔の青騎士たちに酒場の片隅へ案内されたわけがようやくわかった。見回りから戻ってずいぶん経つこんな時間に着替えもしないでぽつりとひとりでグラスを傾けている。らしくない背中を見てしまえば放っておけるはずもなく。
「オウラン殿に釘を刺された」
「次にこの件を持ち出したらただじゃ済まない」
「……再現しないでくれ、割と似ているぞ」
弱り切ってしまうとその長身は三分の二くらいに小さく見えた。うつむくマイクロトフの短い黒髪はお風呂上がりのせいだけなのかぱたりと寝てしまって、まるで子犬のよう……なんて言ったら傷口に塩を塗るようなもので。
隣に腰かけたまま口数の少ない彼にはやっぱり元気になってほしかった。早寝早起き、質実剛健。健康ということばが服を着て歩いているようなこのひとには。
「でも、オウランたちだってわかってるはずだよ。あなたはそんな理由で相手を侮ったりしないもの」
女性は守るべき。戦うべきではない。そういうものだと、そんな思考回路ができあがってしまっているらしい。あのカミューも表に出さないだけで、本当は苦いものを抱えているのかも。騎士生活が長いとそうなのだろうか……このひとのこれは生来のものだとしても何ら不思議はないけど。
「マイクロトフ、飲みましょ飲みましょ。明日は非番なんでしょ」
「……君は下戸だろう。こちらを」
自分がぐらついているこんなときにだってわたしのことを見てくれるのが嬉しくて、もどかしい。
「今はあなたの話をしてるのに」
水差しを傾ける大きな手に迷いはない。わたしを見るのと引き換えにマイクロトフは自分をないがしろにしがちだ。
***
路地の壁を背に棒立ちになったわたしへ伸ばされるいくつもの手を止めたのは硬く鋭い大声。
「彼女をどこへ連れていくつもりだ」
そのひとことで、あんなにしつこかった客引きもどきたちは散り散りになった。昨晩のへこたれ具合はどこへ行ったのか、今のマイクロトフの表情は凛として輝いている。夕日を受けてきらめく剣の柄も相まって立派な彫像のようだ。控えめに言って、かっこいい。ジュドさんここにいいモデルがいますよ。
「リシュ、次は君だ」
「あっさすがに無許可で像の建立はだめだよね……」
「何の話だ? 真面目に聞いてくれ」
眉間に皺を寄せて見下されると、心の底から怒っているのが痛いほど伝わる。それでも怖いとか嫌だとかを一切感じないのは、マイクロトフだから。わたしのために、わたしを心配して怒っているとわかるからだ。
「ナナミ殿も言っていただろう? この街には悪質な……」
なぜかことばを切って――その両手で肩を優しく掴まれると白手袋越しにもはっきりと体温があった。熱いほどのそれが、知らない男性に囲まれて立ち竦んでいたわたしの緊張をじわりと溶かしていく。いつも守ってくれる、大好きな手。
「……とにかく、女性を狙う輩が現れる。俺が間に合わなかったら君はどうなっていたかわからないんだぞ」
「……ごめんなさい……」
「たとえ買い出しといえど、ここは本拠地の外だ。油断するな」
「はい」
「……よし。いい返事だ」
にっこり笑うのを見ると、昨晩わたしが言ったことは間違ってはいないと確信できる。こんなにもほっとしたように微笑むひとが誰かを見下すなんてことできるはずがない。
「ありがとう。来てくれて嬉しかった! やっぱりマイクロトフはみんなのヒーローだね」
「……みんなの、か」
なぜか、真っ直ぐな目がそらされてしまう。そうして胸に抱き寄せてくれるのは嬉しいけど、今度こそその表情がわからなくなる。
声色でわかるのは、わたしに後ろめたい何かがあることだけ。
「あんな光景を見たら誰であれ当然助ける。しかし今回のことは……リシュが奴らに追われるのを見て頭に血が上った。君は弱くなどないとはいえ、女の子だから」
女の子。そのひとことの意味をわたしは正しく汲めている自信がある。マイクロトフはわたしを背中に隠しておきたくて仕方なく思っている。庇護欲ともいえる気持ちを向けられている。みんなを守る騎士から、わたしだけに。
それが嬉しい。
「……あんなに冷静だったのに?」
「俺だって、いっとき表面を取り繕うくらいするとも。君に幻滅などされたくないからな」
――続くことばも、何となく読めた。わたしが「そんなことない」と断言できることを、マイクロトフは真剣に悩んでいる。
わたしのために。
「……リシュ。俺は君が思ってくれるほどできた男ではないのかもしれない」
ランダム単語ガチャ No.701「女の子」
