城の農場を狙う鷹が現れた。
それをクライブたちが退治した。
ふたつは立て続けに囁かれた噂話。ちなみにわたしはタキさんから聞いた。
「あの子はとても面倒見がいいのね。フェザーくんと手分けをしていたそうよ」
タキさんにかかればクライブだって孫同然なのが可愛くて仕方ない。本人はハルモニアでは末っ子のポジションだったらしいけれど、あの農場に立っている間は最年長だ。
――そうしてそのクライブは、今わたしの目の前でユズちゃんとトニーさんに拝まれている。これはゲンシュウさんあたりに教わった形式とよく似ているような。それにしても滅多に見ない構図だと思う。
「ありがとう、ありがとう。これからもみんなが平和に暮らせますように。あ、あと適度に雨が降りますように」
「悪い鷹と、嵐と、戦争がなくなりますように!」
確定だった。加えてユズちゃんは小さな手で柏手を打っている。生き神さまにされたクライブは農場の隅、文字通りの崖っぷちで背中を向けて立ち尽くしていた。というより帰るに帰れなくなっている。ガンナーが注目の的になる機会はそうそうない……のは関係あるのかないのか。晴天の下で黒いマントは浮きに浮いている。
いじわるだけど、ずっと見ていたい。あまりにも和やかな一幕の中心にあのクライブがいるなんて。――とはいえおつかいを放り出すわけにもいかず泣く泣くそちらへ踏み出した。
「リシュさん、聞いて! クライブさんが来てくれてから鷹が逃げてくようになったの」
「フェザーはよく空で見回りをしてくれるよ」
「ふたりでお城の生命線を守ったんだもの。すごいよね」
そうだねと年少ふたりがわいわい褒め称えてくれるのにクライブは振り返るどころかぴくりとも動かない。それはそれとして尖塔から顔を覗かせたフェザーは嬉しそうに鳴くと大きく羽ばたいて返事した。ここにいるもうひとりの功労者より素直で若々しい。確か本当に二十代前半だったはず。
彼に負けないように少し声を張った。クライブは耳もいいから必要ないかもしれないけれど。
「えーと、クライブ。フリックが呼んでた。隊列の再編成に問題がないか確認してほしいって」
「すぐ行く」
食い気味の答えとともに柵を数個乗り越え、クライブはわたしの手を引いてものすごい早足で農場を後にした。熱い声援を背に受けてもそのスピードが緩むことはなくて。
「あっ、ふたりとも! てるてる坊主を逆さまに吊るすと雨が降るおまじないになるよー!」
無理に首を巡らせてふたりにちょっとした豆知識を投げつけるのを、なぜかクライブも拾った。足音のない歩みが止まり、廊下の燭台を背にくるりとわたしへ向き直る。
「そのてるてる坊主とは何だ」
「布で作るお人形だよ、小さい子でも簡単にできるの。どうして」
「……トウタに以前、後ろ姿が似ていると言われた。リシュ今笑ったか」
「まさかぁ」
吹き出してしまうのを思い切り顔をそらしてごまかしても効果は薄かった。いつもの無表情を疑心に傾けたそれがじいっと刺すように見つめてきて正直心臓に悪い。鋭い目がさらに攻撃力を増している。これは自白を誘われて然るべき状況。
「楽しそうに見えるが」
「違う違う、えー、こほん。ああやって誰かに褒められるの、慣れてないように思っただけ。困ってるのが新鮮で、つい」
「困る?」
「クライブが」
「オレが……」
ふと、目を軽く見張ってクライブは黙り込んだ。断じて意地っ張りではない彼が返答に詰まるのは珍しくて、ついわたしも口を閉じてしまう。戦場では失うことのない冷静さをしばし忘れること数秒、ようやくクライブは合点がいったように頷いた。
「リシュ以外にそういったことばを向けられたことがないからかもしれないな」
「……そんなことないよー」
がくりと肩を落としてしまった。自分に向けられる敵意には敏感なくせに好意には全くもって鈍感そのもののバランスにやきもきしてしまう。そんなクライブがわたしのひとことをちゃんと認識してくれていたことは、嬉しいけれど。
「ふたりだって大感謝してたでしょ。あれはそういうお祈りなんだよ」
ユズちゃんの柏手を再現してぱちぱちと鳴らしてみせる。その瞬間クライブは聞き咎めて。
「観察していたのか、ずっと前から」
これはまずい。
「あーっ、観察じゃないよ。機を伺ってた……」
「ものは言いようだな」
ふっと、笑みがこぼれるのを見た。わたしのささやかな抵抗に失笑したらしいそれは――次の瞬間牙を剥いた。
「フェザーに伝えておこう。リシュが巡回に同行したいらしいと」
「えっ、待ってよ! 背中に乗せてもらえるのは嬉しいけどあんなに高所はちょっと」
「リオウの同志として偵察飛行に慣れておきたいと言っていたな」
「ひと違いです!」
妙にストーリー性のあるでっち上げを披露しながら、クライブは本当に広間やリオウの自室を目指してさっさと歩き始めて。シュウさんあたりがさっさと了承する未来が見える。何とかするにはやけに楽しそうに見えるクライブを食い止めるしかなかった。
「ねえったら、だめだよー」
「忠告しておいてやる」
翻る裾を摘んだのを察したのか、日に焼けた腕をひと振りしてあっと言う間にわたしをマントにくるんでしまう。あっけなく捕縛されたわたしはとんと壁に押しやられ、迫る長身の影に覆われた。
掠れるように低い声が落ちてくる。
「オレにじゃれつくのは勝手だが反撃を食らう覚悟もしておくことだ」
前髪に触れるキス。
それでクライブの「反撃」が終わることはなく。
ランダム単語ガチャ No.3931「アドバイス」
