「ざーんねーん! リシュはエンブレム装備できまーん!」
彼女が驚愕しがっくりと落ち込んで自室に帰ってしまった理由はあのことばだったらしい。発端となったチャコはシドに引っ張られていったがどこへ行ったのか。カミュ―は「詮索しない方がいいこともある」と知っているのかいないのかあいまいな態度をとり。
「しかしなぜ彼女はそんなにエンブレムにこだわるのだろうな」
「前から憧れていたようではあったね。リオウ殿がつけていたのを羨ましがっていたのを見たよ」
「システムに挑戦して世界を変えてくる」
「無茶するな座ってろ」
静かにカップを傾けるカミュ―の胸にも、新たな誓いを込めたエンブレムが輝いている。誇りをそのまま掲げているも同然だ。その重みにふさわしい騎士でいられるようにと常に身が引き締まる想いがする。ひいてはマチルダに、同盟軍に、故郷に、大切なひとたちに恥じぬように。
リシュが同じものをつけているのを想像すると、なぜだか面映ゆさが先に来る。しかし次には、そぐわなさが。見た目も言動も服装もふわりと柔らかく、温かな彼女には角ばった意匠は似合わないのではないか。
「……ともかく、追いかける」
「気になるか?」
「あんなにしょげていてはな」
「ここは譲るよ。私の分も励ましておいてくれ」
ひらと手を振るカミュ―を置いて酒場を出ると、リシュはちょうどビッキーを伴って町へ飛ぶ寸前だった。少し離れた距離を走り寄る時間もなく、ついでに前置きする暇もなくその背に大声をかける。
「エンブレムが気になるのか?」
ぱっと振り向く表情は、驚きからすぐに花がほころぶ笑みに変わった。
「あなたとお揃いになりたいの!」
――元気に返ってきたのも大声で。
「うるさい」
石板の前で呆れるルックには謝罪をしつつ、やはりシステムに挑みたい気持ちも拭えない。
今はもう行ってしまった、あの笑顔を見てしまえば。
***
「これは……」
己が無力を嘆いているところに声をかけられるのは「何だこの前衛芸術は」の意を込めた圧力にも感じた。リシュに限ってそんなことがあるはずはないのに。
「俺は、俺は確かにエンブレムを作ろうとしたんだ……」
ジュドに粘土を分けてもらい指導までしてもらった。そして職人は「あなたはそれでいい」と肩を優しく叩き去っていった後だ。
目の前の作業机には完成したバッチが安置されている。
丸みを帯びたヒレが、少し歪な瞳が釉薬を纏いつるりと滑らかな曲線を描いて。
隣でこちらを見上げる瞳も綺麗に輝く。
だからこそ直視できない。
「可愛い。おさかな?」
「……君のことを考えていた」
作業の間、彼女が胸を張って喜ぶ姿を思い浮かべていた。
その様子にいちばん似合う形も。
そうしたら、いつの間にか粘土は見覚えのあるさかなのバッチ、を真似た形になっていた。数度繰り返しても結果は同じ。ジュドはなぜかその結果を喜んで、静止のかいなく窯にかけ。
「すまない。君が望んだものはどうしても作れなかった……だが、リシュによく合うと思う」
マイクロトフ、そう名前を呼ぶ音が高揚で熱い。
「……嬉しい」
「受け取ってくれるか?」
「もちろん! 本当にありがとう……!」
両手でそうっとさかなを掬い上げ、しばしリシュが手のひらの中を見つめるのをちらと眺め――ようやくまっすぐに向き合うことができた。
ずっと待ち望んでいた温かな視線。
「大事にするね」
「……あぁ! 俺も嬉しい」
「マイクロトフがつけて」
「今か?」
「今!」
手を後ろで組んで、待ちきれないといった頷き。ではさっそくと金具に手をかけながら胸の奥に熱がともるのを感じていた。
熱源は、彼女だ。
「そうだ……リシュ、誓いを立ててみるか。俺が立会人になろう」
「う、うん! ……マイクロトフみたいに立派なひとになれますように」
――照れながら目を伏せる、その仕草がなければ仰向けに倒れていたかもしれない。
向けられる憧れが鋭く胸を貫いたから。
***
そうして数日後、本拠地には新しい噂が流れているという。青騎士団長が装備システムに喧嘩を売ったとか。リシュが見たこともない装備をつけているとか――どこか誇らしげに姿勢を正す姿が増えたとか。
ランダム単語ガチャ No.2117「改革」
