いっぱいに腕を伸ばして、回りきらない手は背中へ。条くんを真正面から抱きしめようとすると、どうしてもそんなふうになった。いっしょに買いに行ったおやつたちは条くんの部屋の机に置いてけぼり。彼らを食べることも楽しみだけど、この体温はそれ以上。
にこにこで受け入れてくれるのは、もうひとつ。
「目、閉じててね。開けちゃだめだよ」
「わかってるよぉ」
微笑む唇のそば、頬にそうっとキスをするとわたしの背を包む手が、指がほんの少しかたくなになる。「まだ離してあげない」――そう言われているのがわかってまた胸が締めつけられていく。キスは甘くて嬉しいけど、苦くて痛くもあった。
それなのに、というよりそうと知っていて、わたしの鼻先をつつくのは催促のまばたき。ゆったりと開かれた後、ふわりとおおらかに細められる目。
「ここにはしてくれないの、ケイちゃん」
長い指が指し示すところ。
秋の朝日のように穏やかな声に誘われそうになって、それなのにわたしを踏み留まらせるのは熱だった。ちゃんとできるかどうか、それに、シンプルな照れくささ。
「したい……けど、緊張しちゃう」
「そっかぁ」
「条くんだからだよ」
彼の腕の中で、困ってしまう。わたしが弱るのを条くんはとても嫌う。そこを押し通るなんてことは彼にはありえない。
だから待っていてくれる。わたしが大丈夫になるまで、きっとずっと。それが申し訳なくて視線が落ちてしまうのを、控えめな笑い声が拾い上げた。低く落ち着いた、大好きな。
「オレもだよぉ。オレも、ケイちゃんとそういうことをするんだって想像しただけで止まんなくなりそう。いろいろ……」
不意に途切れることば。ふっと伏せられた目が次に捉えたのは、横目で。
机の上だった。
「……ふたりで練習しようかぁ」
「練習?」
「うん。キス、の」
ひとつのことばを縁取る音は微かに途切れて。照れ笑いをごまかすように伸ばされた手が掬ったのはチョコの包みだった。大きな手のひらの上でひと粒が取り出されて、なんだかこじんまりして見える。
「ケイちゃん」
あーん、をする間もなく唇にやんわり押し当てられる平べったいかたまり。甘くて苦くていい香りがする。食べていい? そう聞こうとして、ズレているとわかったのはすぐだった。
だって、練習、と条くんは口にした。
ハートの形をしたチョコの向こう側に、どんな表情があったか。
わたしたちを隔てる薄くて硬いそれがじわりと溶けていくのはどうして?
ぜんぶぜんぶ吹き飛んだ。
「おいしい」
輪郭があいまいになったチョコ、その上から条くんが唇を重ねていた。その事実だけで。
「チョコ、ついちゃったねぇ」
からりと笑うのを目の当たりにしたときには、条くんはもうハートを口に含んでぱりぱりと味わっている。いつもの、おやつの時間の風景だ。
条くんが、わたしをこんなにしっかり抱き寄せてくれていることを除けば。
「……どきどきして倒れちゃいそう」
「……オレも。おそろいだねぇ」
条くんの舌先がぺろりとチョコを拭っていく。
とろけそうな瞳のまま。
「でも、やめたくない」
そのたった一瞬のことを目線でたどってしまうのを止められる方法なんて、思いつくあてもなく。
ランダム単語ガチャ No.173「何度でも」
