ここまでのあらすじ
「バブみこそ癒し!」
「塩対応が至高!」
あらすじおわり
「何やらエキサイトしてる……」
「どんな相手がタイプかって話らしいよぉ」
獅子頭連も防風鈴もごちゃ混ぜの討論会は広場のあちこちで異様な盛り上がりを見せていた。それぞれの新入りらしきふたりが笑顔で「同志!」と肩を組んでいたりする。よっぽど真剣で切実な話題らしいことはさて置いて、自販機横のゴミ箱からベンチに戻ってきた十亀くんは先ほどから不思議そう。
「ばぶみ? って、オレわかんないんだよねぇ。塩はなんとなく……全然興味ないヤツに絡まれたときの佐狐みたいな感じでしょ」
「オレに振らないでください」
わたしの後ろから返事が飛んでくる。立っている佐狐くんはスマホで誰かとメッセージのやり取り中で、先輩たちの質問にも「タイプなんてない」「知らない」「無回答」ととりつく島もなかった。とはいえ、はっきりこれだ、と言えるひとも少ない話なのは確か。
「赤ちゃんっぽい響きだよね、バブみ。赤ちゃんにするみたいに甘やかしてくれる相手ってことなのかな?」
「オレの周りにはそこまで小さい子っていないなぁ。ケイちゃんは?」
「わたしも、たまに保育園を通りがかるときに見かけるくらい。えっとね……」
お迎えのお父さんお母さんたちの言動を思い出してみる。ぐっすり眠ったり、泣いていたりする赤ちゃんを抱っこするふわりとおおらかな腕。みんながにこにこして、そうっとささやきかける声は柔らかくて。胸がほんのり温かくなる光景がそこにはあった。
そしてその全部は、どことなく十亀くんを連想させる要素。
「十亀くん、テスターになって!」
「いいよぉ……え、何のぉ?」
どこかから「ノータイムで涼波に応えるのは悪い癖」と聞こえた気がする。それはさておき、あのひとたちみたいに抱っこする側の方がよく似合う彼をどう甘やかせばいいか考えてみた。
長い腕はいつもわたしを優しく包んでくれるし、大きな手が髪をなでてくれるととてもほっとする。
そこにはいつも、花がほころぶ笑顔。
わたしから返せるものは、十亀くんがいちばんのお手本になって。
「ケイちゃん」
佐狐くんが体勢を変えたらしい衣擦れよりわずかに速く、少し上から降ってくるのは掠れて小さくなったことば。こんなに近くにいたからかろうじて拾えたほどの。
こんなに近くにいるのに、わたしが十亀くんを抱きしめるのにはこれだけくっつく必要があった。体のつくりの差、具体的には背中の凹凸がダイレクトに手のひらに至るのをなんとか飲み込んで、これまたありったけ腕を伸ばす。
「とが……条くん、よしよし。いい子いい子、今日もいい子ですねー。昨日も明日も、あさっても」
手を添えるとぽふりと柔らかい髪を、ゆっくり控えめになでた。ほとんど十亀くんの胸元に埋もれて、なんともな不格好になりながら。
いつもなら抱き返してくれるはずの腕がぴくりとも動かないことを疑問に思いながら。
「条くん、大好き。ぎゅーってしたいくらい好きだよー」
待ったのは「もうぎゅーってしてるでしょお」なんて、苦笑いする十亀くんの声。
――いつまでたってもそれが来ない理由は、見上げたらすぐにわかった。そんなことはつゆ知らず、佐狐くんは「あった」と声をあげる。
「とても年下の女性に母性を感じることをバブみって言うらしい」
「……へー……」
もたらされるありがたい情報にも、ふたりしてまともに反応する余裕は失われて。鈍い反応を訝しんだのか、佐狐くんは今度こそこちら側に向き直ったらしい。
十亀くんから、その表情から目が離せないわたしがやらかしたことはバレてしまうだろうか。
「だから涼波と十亀さんには当てはまらな……十亀さん? と……微笑みながら気を失ってる……」
ランダム単語ガチャ No.1271「とどめを刺す」
