ここまでのあらすじ
「涼波こっち来てくれ! 十亀さん落ち込んでるんだ!」
あらすじおわり
改札を出た直後に男の子たちに連れられた先では、確かに十亀くんが駅前のベンチに落ち着いていた。数人がそれとなく遠巻きにしているその姿は猫背でうつむきがち。表情となればここからでは何もわからない。
あんたなら詳しく話聞けると思って、と託されて。何よりわたし自身が心配になって迷わず駆け寄っていた。けがはしていないようだけど、それならほかの何かがあるのかも。
「十亀くん、十亀くん」
「……あぁ、ケイちゃん。おかえりぃ」
「ただいま……元気ない?」
「ちょっと疲れてたけど平気になったよぉ。ケイちゃんに会えたし」
顔を上げた十亀くんはふんわり微笑むと鞄を引き取ってくれる。その流れで隣に座るのを目で追われる数秒の無言は、先入観のせいかやけに硬く感じた。とろりと優しい視線の奥、ことばにならずにお腹に落ちたもののせい、なんてことも考えて。
「……でも、ケイちゃんがもっともっとそばに来てくれたらものすごく力がわくなぁ。きっと」
「もっと?」
「うん。もっと」
長い両腕がわたしへ向けて広げられる。もともとふたりの距離は小さなベンチに収まるくらい。それをもっともっと縮めるとしたらそういうことだ。
作務衣の合わせのあたりに目が釘づけになってしまう。
「だめかなぁ」
そうっとまぶたが伏せられると、まつげが影を作る。その下で十亀くんの頬はほんの少しだけ赤くなっていた。こんなにもまっすぐ甘えてくれるのに応えないなんて、できるはずもなく。
「ま、待ってね……」
あちらからおずおずと様子をうかがう気配たちは精神統一してシャットアウト――できているかは置いても、心臓がにわかにうるさくなる。今からわたしが行こうとしているのがどんなところなのかよく知っているから。
さまよった手は、がっしりとした肩へ。それだけでどきどきしてしまうけど、意を決して十亀くんの胸へ頬を寄せた。彼が小さく息を呑む音が伝い、本当にくっついているんだとはっきりわかる。
十亀くんの腕の中は温かくて、広くて、でもこうしてきゅっと抱きしめられるとぴったり囲われて。閉じ込められた、という事実とは正反対の場所だ。
出られないのはお互いのせい。
「……ありがとねぇ」
しばらくたってから、小さく囁く声がはっきり聞こえるくらいに近い。笑みと、安堵を含んだ。
「すっごく嬉しい」
――なぜか両脚をまとめて抱え込まれる感覚がする。
「えっ」
「ケイちゃん確保ー」
のびのび口にするのはいつものこと。それなのにわたしはぐっと抱き寄せられたかと思うと一気に持ち上げられ、もとい担ぎ上げられ、もとい抱き上げられていた。十亀くんの片腕に座り込む姿勢だ。わずかな揺れにびっくりして思わず肩にしがみついても返ってくるのは柔らかな笑い声だけ。
そんな十亀くんより、あまりのことに声もないわたしより、むしろそばにいた彼らの方が大騒ぎしている。
「あれは!」
「で、出たーっ! 十亀さんのクレタ島戦法だ!」
「えっ何それは……」
「あれはあいつが勝手に言ってるだけだからぁ。ほら、そこまで送ってくよぉ」
視界が高い。大きい男の子たち、そしてぽつぽついる通行人のみなさんにぽかんと見上げられるのが不思議で落ち着かない気分だ。それに、ゆっくり進み始める十亀くんの歩幅は広い。わたしがどんなにがんばってもこんなふうには歩けないだろう。
「へとへとだったのはほんと。ケイちゃんのおかげで元気になったのもほんとだよぉ」
「ほんとにほんと? だって……」
あんな直球を食らうのははじめてだったから、ちょっとだけ疑ってしまう。それほど弱っていたんじゃ? そんな心配も、十亀くんはやんわり揉みほぐして。
「ほんとにほんと。ケイちゃんが抱きしめてくれるかもって思ったら、ついああ言ってたんだよねぇ」
「……それって、それって」
前を向く十亀くんの表情を直視できずに、その肩でぷらぷらと揺れる自分の鞄を見つめることしかできなかった。もとから熱かった頬がさらに熱くなった気がして両手で冷ましても追いつかないくらい。
真っ先に思い浮かんだのは、緩やかに閉じた目。
わたしを信じて待っていた表情だった。
「十亀くんがとってもかわいいってだけの話だー……」
「ちゃんとくっついてないと危ないよぉ」
そんなことを言われたってこっちも緊急事態。とはいえ、仕方ないなぁと笑ってぎゅっと抱いてくれる腕が頼もしいから、しばらくこのままでいても大丈夫だと思ってしまえる。ときおり恨めしくなるくらい短い、いつもの交差点までの数分の間は。
ランダム単語ガチャ No.4436「誘拐」
