一度、十亀くんの髪をなでさせてもらったことがある。ふわふわで気持ちよくて、うなじのところはさっぱりして。癒しの手触りがなんだかクセになって続けていると「ケイちゃんくすぐったい」とこちらも気持ちよさそうにして。

 そんな彼が、少し前までは三つ編みできるほど長い髪だったなんて今日初めて聞いた。驚きのあまり情報提供者に詰め寄ってしまうのを踏みとどまったものの、次にはないものねだりの気持ちがやってくる。 

「いいなー、見たかったな」
「そんなにか?」
「だって絶対かわいいよ。かわいかったでしょ?」
「かわ……それ系は俺に聞くなよ」

 フェンスの近くでふいとそっぽを向いてしまった桜くんは、持ってきていた大きなパンをかじる。わたしもそれで思い出して、鞄からペットボトルを出した。こうして屋上にいると風が気持ちよくて、いつもの麦茶もよりおいしく感じる気がする。がさがさと紙袋からお気に入りを探している兎耳山くんはそれに賛成派。ちなみに紙袋いっぱいのパンは桜くんが商店街でもらってきたもの。

「オレあんパンもらうね!」

 これで三個め。

「あ、でもかっこいいの方かも。達人感があって」

 話ではサングラスもかけていたとか。いかにも強そうだ。想像上でもかっこいい彼にやっぱり会ってみたかったと残念なところを、視線だけこちらへ戻した桜くんがぽつりとつけ足す。

「……前の十亀より今のがかっこいい」
「そうなんだ?」
「おいお前いくつ食うつもりだよ残しとけ!」

 桜くんの怒号をひらりとかわして「それとねー」と言いかける兎耳山くんの手には四つめのあんパン。早々と半分食べてからこちらを交互に見比べると、空いていたわたしの手にクリームパンを乗せながらうんうんと頷いた。そこには自信が満ち満ちている。

「亀ちゃんはミケちゃんといると、いつもほわほわのにこにこでとってもかわいいよ」

 ――思い返してみると、わたしの記憶に残る十亀くんはその通りいつも笑っている。温かい声で呼んでくれて、優しい目で見つめて。そんな今の彼のそばにいられることだってこの上なく幸せなことだ。おいしいものをいっしょに食べられることも。

「じゃあ、今の十亀くんがいちばんかわいくてかっこいいんだ」
「ん」
「そういうこと!」
「……こういうのってさぁ」

 否定とは別の意味で割り込んだのは、これまで黙りがちだった四人めだった。かじりかけのパンはあまり減っていないみたい。

 挙手はわたしのすぐ右隣で。

「オレがいないとこで話すもんじゃない?」
「亀ちゃんの話なんだから亀ちゃんの前でするんだよ!」
「そうかぁ」

 苦笑いのまま空を仰いだり唸ったり忙しかったのは落ち着いたようす。もしかして照れくさかったのかもしれない。それこそ可愛い仕草、とはまた別の心残りがあるようで、十亀くんの大きな手はわたしのブラウスの袖を指先でつまんだ。それは控えめなのか頑ななのかあいまいな力。

「でも、うん。みんな仲良しだ。オレがいるところでよかったかもねぇ」

 言い淀むのはほんのわずか。

「十亀くん?」
「心配しなくても取らないって」

 わたしへ静かに合わせられていた視線はぱっと跳ねた。まるで不意を突かれたように。

 それをたどった先では兎耳山くんが――満面の笑みでまんまるのパンを差し出している。

「はい亀ちゃんの分!」
「あー、ありがと」

 大きな包みが手渡されたころには、袖から指は離れていき。そこには笑顔の彼がいる。

 いつもの、ほわほわのにこにこの十亀くんだ。

「オレも持ってきたんだった。回して回して」

 隅に寄せてあったクーラーボックスのベルトを引くところに何も変わったところはない。それなのに、目が離せないのが自分でも不思議だった。

「暑い?」

 多分ハズレのことしか聞けなくなるくらい。予想どおりの「大丈夫」と、「けど」を続けた彼はどこかぎこちない手つきでラムネのビンをくれる。

「また今度なでてくれたら治ると思うなぁ」

 わたしが受け取ったひとつめはとりあえず、さっきからずっとシャツをぱたぱたして暑そうにしている桜くんへ渡した。

 今度と言わず今すぐにでも、とは思ったもののランチタイムが再開したからやめておく。十亀くんの手元には甘くて苦いくるみパン。

 

ランダム単語ガチャ No.60「頭」