隔絶

 薄い肩を引き寄せてすぐさまドアをロックした。未だ状況の全てを把握できていない色をしている目が、冷たく仕切られたこちら側で瞬く。

「お前が悪いんだよ」

 もっと、もっと他に伝えたいことがたくさんある。それなのに出てくるのは責めることばだけだ。こめかみを伝う冷や汗を拭うこともできずに。

 シアに届けられるものは、今は。

「シャニ」

 呼ぶ声は、空気を震わせたとは思えないほど微かにこぼれた。そうとわかって頭の片隅で安堵する。今は足音すら頭痛を倍増させる要素でしかない。物音を立てた人間がいたなら殴り飛ばしてやりたくなるほど。

「なぁ、帰投すぐだってわかってただろ。どうしてここにいたんだ」
「あ……わたし」
「シア……」

 肩を握りつぶしそうになる手を全神経をかけて抑え込む。シアは兵士だがその強度は見た目通りだ。聞いておいて遮ったのは思い直したからで。

 早くここから追い出さなければ、先ほど墜とした機体と同じにしてしまう。

 ひしゃげて、砕けて、あっけなく海に沈んだ硬く冷たい体。あの光景を見たときは確かに楽しかった。そうしたのが自分だという実感に胸が躍った。

 今はどうだろう。

 もし、シアが?

 わかりきっている。

「もうすぐあいつらが薬持ってくる。だから」

 出て行け。

 そのひとことが、出てこなかった。

 寒い。

 熱い。

 痛みはとうに麻痺と混乱の底にある。

「行かないで」

 ――それはどちらのことばだったのか。

 わからないまま、シアの背を抱いていた。

 柔らかくて温かいと軍服越しにもわかる。

 価値などないはずのものを、手放せない。

「行くなよ」

 今度は、自分の声だと判断できた。痙攣しそうになる腹に力を込めて、両腕の中にいるシアへ。

「どこにもだ」
「行かないよ」

 丸い指がパイロットスーツの背に触れる。彼女は戸惑っていた。こうしていいのか、正しいのか。

 シアがもがくことはなかった。

「行かない。だから、捕まえていいんだよ。シャニなら……」

 こちらの全力の力加減を知ってか知らずか、そんなことを吐く表情は、閉じ込めてしまったせいで覗き込むことはできない。

 それでいい。

 どうせ泣き顔なのだから。

「ごめんね……」
「……何が」

 答えはない。問題もなかった。

 知っている。

 持っていないことに対してだ。

 この世界を変える権力も、理不尽をねじ伏せる腕力も、ここから逃げ出せる無謀も。

 ふたりは同じだ。

 この温度のような世界から隔てられて。

 奪われたのか、もともと持っていなかったのか。

「もう泣くなよ」

 同じだ。

「わかったから」

 わからないことが。

 

ランダム単語ガチャ No.2132「隔絶」