心のどこかで、何があっても彼女は味方だと確信していたのかもしれない。それが間違いだと思い知らされたのは、彼女に手渡されたカップの中身を半分飲んだ数分後だった。
青ざめた彼女が慌てて駆け寄ってくる。メモ書きと格闘して作られたホットレモネードの香りが場違いに心地いい。こんなときにだって彼女を心の底からは憎めない。ソファーから立ち上がれないほど、意識が急激に遠のいているというのに。
「わたし、こんなつもりじゃ……ごめんなさい! こんなことになるなんて」
許しを請う顔は悲しげで、どこまでが演技なのかわからなくなる。それも、朧気になる視界に溶けていってもう掴めない。背もたれに沈み込む体を支えようとした腕に触れられて初めて、まだ感覚は生きているのだとわかる。
「まさか」
そんな状況で、真っ先にこぼれるのは負け惜しみめいたことばだ。結局何があっても彼女を責めたくはない。惚れた弱みだなどと、無縁のはずだった感傷を今さら自覚する。
「君に一服盛られるなんてね。油断したよ……」
「アラウディ」
――すっと、彼女の声色が冷めた気がした。
「嘘つき」
最後に聞くことばにはしたくない。と、何とも気楽な感想を最後に瞼が閉じた。
***
「ごめんなさい」
何度目かの、彼女の謝罪。
「まさか効果てきめんとは思わなくて」
「だからといって上官を昏睡させる部下がどこにいるんだい」
「熟睡の間違いでしょう、神に誓って薬なんて入れてません!」
「僕たちに神なんていない」
「じゃああなたに誓って!」
立場は逆転していた。ソファーに座布団を敷いて正座した(そこまでしろとは言っていない)彼女が懸命に釈明する前でカップを検める。確かに薬品を塗った痕跡はない。残った半分の中身にも沈殿物の類はなく、言い分は正しいらしい。民間療法は侮れない。
「それなら、本当に効くんだね。レモンとはちみつ」
「ただおいしいからおすすめしただけです。安眠効果もあるとはわかってましたけど……そんなに疲れてたんですね」
「……三徹だ。大したことないよ」
「嘘つき、仕事は順調だって言ったのに」
「本当のことを言ったら君はすぐ応援に入ろうとするでしょ。そんなことをさせるわけがない」
激務を終えた上に帰国直後、そんな状態の相手に振るものは何もない。それなのに、責めるような彼女の目はそらされない。そのうち力不足なのかと無言で悲しげにするのはわかりきっているから質が悪かった。甘やかしたいのに、この状況では彼女は素直に頷かない。
「……明日からだ。音を上げても離さないからね」
「はい!」
「だから君も飲んで」
「はい?」
首を傾げる彼女の口元にカップを突きつける。ほとんど冷めているが効能は変わらないだろう。
「薬を盛っていないこと、君が疲れていないこと。僕の目の前で証明してみせて」
「時間は?」
「十五分。その間に何もなかったら認めてあげる」
「乗りましょう」
行儀よく靴を脱いでいる彼女はすぐには逃げられない。そもそもそんな気もないとばかりに自信満々にカップを受け取るのを眺めながら隣に腰かけた。舌の根も乾かぬうちに彼女が倒れ込んでもすぐ支えられるように。
