06

 了平に連れられてボンゴレにやってきたクロームが目を覚ましてからというもの、すずめちゃんは彼女にくっついていることが多くなった。まだぼんやりとすることが多いクロームに対し、話しかけたり途中で隣で眠り込んだりととにかくそばにいる。

「さすがのお前も寂しいのだな!」

 そう励ますように背中を叩いてきた了平は財団のエリアから締め出しておいた。草壁の説得ですぐに解除せざるを得なくはなったが。

「すぐ実力行使に出るやつめ!」
「けたたましいのは相変わらずだね」
「草壁、彼らは仲がいいのか?」
「そこは仲が悪いのかを聞くところじゃないか……?」

 部屋の隅でラルと草壁はぼやきながらも、さっそく本題に入る。彼らがモニターに図面を広げ始めるのを見て了平はひとつ咳払いをした。画面の前に腰を下ろしながら、何かを思い出したように声を上げる。

「そういえば、すずめちゃんがクロームに何やら聞いていたな? レオナルドという男を知っているかと」
「なぜ彼女に?」
「その男とクローム、雰囲気が似ているそうだ。クロームの方は心当たりがないらしいがな」

 すずめちゃんにリングと匣を見つけるよう言いつけたミルフィオーレ側の男のことは耳にしていた。彼が何を考えて、ファミリーへの裏切りともいえる行為に踏み切ったのか。逆に、ミルフィオーレの策略の一環としてすずめちゃんを逃したともいえる。

 真意の読めない一件だった。そして関わりがあるかはわからないがクロームが絡んでくる。――嫌でも思い浮かぶ男の存在があった。予想が当たっていないことを祈るのはおかしなことだが、これはもう起こってしまったできごとだ。ふたりがここに合流したことに変わりはない。

 ***

「次にここへ帰ってくるのは君の知ってる雲雀恭弥だよ」

 すずめちゃんは抱き上げていたぬいぐるみを危うく取り落しそうになった。就寝を前に眠たげにしていたのが一転し、目を軽く見開いて。

「キョーヤが?」
「そうだよ」

 ――手放しに喜ぶものだと思っていた。しかしすずめちゃんは少し黙り、返したことばは「キョーヤくんは?」のひとことだけ。ひよこを傍らに降ろすと、座り込んだ僕のところへ寄って。

「どういうこと?」
「キョーヤくんは帰ってこないみたいに聞こえたの」
「……そうだね。僕はもうここには来ないよ。君のいるうちには」
「どうして?」
「ほかの誰にも秘密にできるかい」

 唇に人差し指を当てると、すずめちゃんは微かに表情を改めて頷いた。

「できるよ」
「いい子だね」

 転がってきたひよこを後ろへ戻す背中で、また浴衣の帯が緩みかけている。それとなく整えてやる間、思ったのはすずめちゃんの小ささだ。まだ和装に慣れないこの子がちゃんと着られるようになるころには何もかも解決しているだろうか。

 すずめちゃんはこれからも大きくなる。それを隣で見守るのはここへ来る方の僕だ。僕はもうその幸福を受け取った後だから。
 
「もうひとりの僕と交代するんだ。僕たちはいっしょにはいられない」
「同じ名前だと、いっしょにいちゃだめなの?」

 タイムパラドックス云々について、すずめちゃんにはわからない。

「……ふたりは必ず喧嘩するからね。君は喧嘩なんて嫌いでしょ」
「嫌いだけど、キョーヤくんと会えなくなるのも嫌」

 肩を落として寂しがるのを嬉しいと思ってしまうのは、すずめちゃんにとってはよくないことだろう。それでも笑みが浮かぶのを止められないのは、赤の他人として再会した僕を再び友人として受け入れてくれたからだ。

「寂しいよ」
「僕もだよ。でも必要なことだ……君の雲雀恭弥を待っててほしい」
「もう会えないの?」
「君が大人になるまでは」

 僕と出会えるわけではないけれど。そんなことばを飲み込む。

「そんなの、やだよ。ぼくお別れしたくない」

 うつむいて声を震わせ、すずめちゃんは顔を上げない。この先、笑顔でさよならなどという典型的で器用なことはできるようにはならないのだろう。例え、今回のことでずっと会いたがっていた男に会えるとしても。

 そして僕は、本当に会いたい相手のいない場所へ戻る。それだけのことだ。慣れたはずの虚ろを、再び目にすることになるだけ。

「永遠の別れじゃない。そうでしょ」

 真実そのものとはとても言えない気休めしか、今は口にすることはできない。指先ですずめちゃんの涙を拭うのもこれが最後だ。もう、してあげられることはない。

 すずめちゃんは、過去の僕に会える。

 僕にとっては正真正銘、永遠の別れ。

「……もっとそばにいたかった」

 口にしようなどとは思っていなかった本心が、唇からあふれていた。すずめちゃんが泣き止まないのが胸に苦く突き刺さり、それをきっかけに堰を切ったように。

「もっと手をつないでおけばよかった。あちこち、連れていけばよかったね。もっとたくさん、抱きしめたかった」

 泣き濡れたままのすずめちゃんが僕の頬に指を伸ばすが、触れるものは何もない。それはそうだ、僕は泣いてなどいないから。

「君が好きだよ」
「……どっちの、ぼくのこと?」

 あまりにも当然の問いに、思わず笑みがこぼれた。これから大切なこの子が腕を離れていくことに耐えられない嘆きとないまぜになった、泣き笑いのような。

「君だよ、すずめちゃん」

 ***

 ここですずめちゃんを本当の意味では慰めてあげられない内に僕は過去の僕と入れ替わり、元通り並盛の地に立つときにはミルフィオーレとの戦闘が終結している。そういう計画だ。

 そのはずだった。

 それなのに、目の前のこの光景はどうしたことだろう。

 見慣れた、ボンゴレのアジトの内装。機材が散らばるのは、設備の調整でもしているのだろうか。そんなことは些事であり、本題はここに居合わせた人間だった。

 右には腰を抜かして座り込む入江正一。

 正面には、よく知っているようであまり会ったことのない顔。驚いたようにこちらを見るそれは、はじめは鏡でも覗いているのかと勘ぐるほどだった。

 つまり、僕にとてもよく似た男だということで。

「ヒバリくん、なのか……?」

 裏返った入江の声に、立ち尽くす男は何の反応も示さない。肩にかけた学ランの肩に、ヒバードが降り立った。