『一年トリオと別れてそっちに向かってる』
帰宅部のWIREグループに届いたそんなメッセージを最後に、鞠音から連絡はない。音楽準備室ではそれぞれがGossiperを眺めたり雑誌を読んだりと好き好きに過ごして彼女を待っていた。琴乃があんな口火を切るまでは。
「鼓太郎君は部長が可愛くないの?」
一瞬、返事も反応もなくただただその好奇心いっぱいの顔を見上げることしかできなかった。ソファーにふんぞり返っていたところを覗き込むいたずらっぽい笑顔はいつになく輝いて見える。
「ねぇ」
「……は!? 何だよそれ……何だよそれ!」
「語彙なくなってんぞ、そう慌てんなって」
「ごいって何だ!?」
缶ジュースを飲み干し、笙悟が勢いをつけて立ち上がった。この場の全員で突拍子もないことを言って混乱させる魂胆なのかと思いきや、琵琶坂は窓辺でスマホを操作するのみで。それなのに嫌な予感しかしない。
「おい何してんだよ」
「ボイスレコーダーの代わりさ。とても興味深い証言が出てきそうだからね」
グルだった。振り返る顔はしてやったりの笑みだ。男どもがここまで乗っかってくる話題なのか。
約束の午後三時までまだ十分以上もある。鞠音が早く到着するのは祈るしかないとして、三対一のこの状況をどう戦い抜けばいいんだ。そもそもこの状況は何なんだ。よりによって標的を逃がさなさそうな三人に囲まれている。下手に動けば確実にやられる。
「それで巴君。琴乃さんの質問はいたってシンプルじゃないか」
「意味がわかんねぇ。ほんとに!」
「だって、鞠音ちゃんは可愛いでしょう。でも鼓太郎君ったら、張り合ったり振り回してばかりで」
「俺も同じくらい振り回されてんぞ。探索だの買い出しだの」
「そこはいいんだよ」
よくない。
「というか、それに毎度つき合ってやってるのは結構入れ込んでるってことじゃねぇのか」
「そりゃ、俺は帰宅部の先輩だし」
「本当にそれだけかい? 他意は?」
……じりじりと距離を詰められている気がする。三対の目線はそれぞれ「とっても気になる」「いい暇つぶしができた」「今後役に立つかもしれない」と思惑が見え透いていた。それなのに逃げられないのは、腹を括るしかないのか。半ば諦めの境地で上体を起こし、適当にやり過ごす答えを考える。
「可愛いっつーか……あいつはかっこいいだろ。どっちかって言うと」
思い浮かべるのは、あまり表情の変化がない鞠音の顔。けれど、倒すべき敵やとんでもない悪人を前にしたときのそれは凛々しいのひとことに尽きる。普段の眠そうな、無表情ともとれる方だけを見る人間からは予想もできないことだろうが。
「それはそうね。でも、そんな子が笑ってくれるのをどう思う? いっしょにいて思うことはないの?」
「何を言わせたいんだよ何を!」
「つまり琴乃さんがいう”可愛い”は、彼女を可愛がっているのかどうかということだよ。見た目の話だけでなく」
「観念しろよ、つーか、俺たちは結果が見えてんだ」
ぽん、と柔らかく笙悟の手が肩に置かれる。ここで正直に答えることでこの冷酷無比なハンター三人の予想を証明してしまうことになる。嫌だ。何となく嫌だ。癪だ。罠にはまるわけにはいかない。
「ほら、今は本人がいないわよ」
「うぐぐぐぐ」
的確な追撃が来た。口にするのも恥ずかしいそれを見えているならそう決めつけて解散すればいいのに。
「ほら鼓太郎」
「とっとと吐いて楽になりたまえよ」
「うるせーうるせー!」
「それじゃあ、可愛くないの?」
「そ」
――そうだとは言えなかった。
一枚も十枚も上手のこいつらがどうして同学年で、どうして結束を固めているんだ。それもこれもあいつのせいだ。低いところからまっすぐ見上げてくる鞠音の目を、ことあるごとにそれを細めて「ありがとう」と笑うのを、それを見てどう思ったのかが鮮やかに蘇って……それが最後だった。これ以上思い出したらもっと顔に出る。それを考えたら英断だ。
「……まぁ、あれだ、可愛い……んじゃねーの。知らねーけど! 知らねーけど!」
「何の話だ」
「おわぁっ!?」
いきなり飛び込んできた新手の声に飛び上がってしまう。もしや本人かと慌てて開けっ放しだった入口を凝視すると、いつもの涼しげな佇まいを崩さない維弦がいる。
「お前、いきなり入ってくんじゃねー!」
「ノックが必要なのか」
「話にだよ! ってか、聞いたか今の? 聞いてないって言え頼むから!」
「聞いてない」
「ほんとか!?」
「面倒な奴だな。聞いてない。今来たんだ」
ド直球に失礼な維弦はふと廊下の向こう、階段の方に視線をやると、すぐすたすたと歩いてくる。
「峯沢君。部長はもうすぐ着くそうよ」
「いたぞ」
「え?」
琴乃が首を傾げるのを背に、維弦は今しがた立っていた場所を指差した。正確には、壁の陰になっている向こう側。笙悟が近寄って廊下を左右覗き込むが、鞠音はいないらしい。
「部長だろう。さっきそこに」
「何だ、あいつここを素通りしたのか?」
「は……?」
開けっ放しだった、入口。
まさかまさか嘘だろ嘘だと言ってくれマジで! 額に滲む汗に気づいた頃、飛んできたのは無遠慮な決定打。
「いや、突っ立っていたな。そうしたらいきなり笑って飛び跳ねて、こうして、スキップで立ち去った」
維弦が「こうして」とたどたどしく再現するジェスチャーはどう見てもガッツポーズだった。それが何を意味するのかなんてわかりきっている。
「待て待て待て鞠音」
「待ても何も、立ち去ったんだ」
「あーあーわかったわかった! ちょっと引きずってくる!」
親切丁寧に説明する維弦の横をすり抜けて、ここぞとばかりに飛び出した。包囲網が解けた今しかない。
「これは傑作じゃないか!」
後ろでめちゃくちゃ笑っているのは琵琶坂だ。後で校舎裏に呼び出してやる。今は部長の捕獲が先だ。何も知らないまますぐ合流してくれた方が傷は浅かったのに!
「てめぇちょこまか逃げてんじゃねーぞ!」
聞こえ始めた軽い足音は階段を駆け下りていく。この分ならすぐ追いつけるはずだ。訂正しないと。
何を訂正するって?
「全っ部お前のせいだかんな!」
知らなーい、と、浮かれた声だけが返ってきた。捕まえて、その後アリアにでも突き出して記憶をいじくれないか確かめないといけない。さっき口に出したことは本当のことだから適当に書き換えてくれ、と。
