花壇の端に陣取る野良猫が見つめるのは、商店街を通りがかった僕たちを透かしたさらに向こう側。大きな毛玉を認め微笑んで近寄って行った藍さんをちらと眺め、しかしまた視線を戻してしまう。

「可愛いでしゅねー、ひとりなの? おいでおいで」

 うーん可愛い。いや考えるべきはそこじゃないと気持ちを引き締め、そうっと彼の見る方へ注意を向けた。

 いる。

 僕の両手にぎりぎり乗るほどの大きさの、生肉の色をした呪霊。カフェのショーウィンドウの中でスーパーボールのように跳ねる様子は無邪気に映るけれど、唐突に牙を剥くことを知っている。だからこそ、刺激しないようにそっと視界から外した。敵意を向けられているかどうかを判断することだけは自信がある――日常生活では褒められたものではないことだ。

「何見てるの? コーヒー? だめだよーにゃんこには毒なんだから」

 逃げはしないが擦り寄りもしない猫に構う、藍さんの白い手。ふくふくの顎をくすぐる指が滑らかなことだけ、やけに脳裏に焼きついた。うっかり引っ掻いたという擦り傷はずいぶん前から目立たない。

「あ、ここでちょっと休む? 何か飲もうよ」

 ふと僕を見上げる瞳が、次いであちらへ注意を投げかける。

 メニューの上で転がっている呪霊が、藍さんに気づいた。

 ――展開が目まぐるしすぎる!

 僕がここでとっさにやるべきことがある。呪霊の意識をそらすこと。藍さんを脅かさないこと。周囲の注目を浴びないこと。

「藍さん好きだ!」

 ――その全てに失敗した。

 あらまあ素敵、と老夫婦がにこにこと隣を歩いて追い越していくのを、藍さんを両腕で抱きしめながら呆然と聞いた。いつの間にか僕の腕の中にいた藍さんは猫同然に目を丸くして凍りついていた。

 そうっと視線だけをカフェへ向けると、呪霊は傾いてきた日差しを避けてオブジェの影に引っ込んでいった。「何だあれ」とでも言いたげな目を僕たちに向けて。いや絶対そう言った。こんなときでなければ追って祓っていたのに。

「……藍さん……話……話を聞いてほしいんだ……情状酌量の余地はあるって断言できるから……」

 そんなことを思っても後の祭り、今の最優先事項はみるみる真っ赤になる藍さんへ事情をわかってもらうことだった。きっとわかってくれるし許してくれる。そう確信しているのになぜだろう、この腕を解きたくない。

 それは驚きのあまりか、はたまた別の事情か、小さな手が僕の胸元にきゅっとしがみついていたからかもしれない。

 一部始終を見ていたのは、仏像か何かのように微動だにしない丸い目の猫だけ。