「藍さん」
順平くんはわたしをこう呼んでくれる。
「寒くない? ブランケットここにあるからね」
そして、こう。
「敬語とタメ語がちぐはぐ?」
気づかなかったとばかり目を瞬かせる。カーテンを閉め切ったこの部屋で、瞳に映る光はテレビの明るさだけ。ふたりでくっついているこんな近さではそれを覗き込むのに苦労はなくて。
「全然意識してなかった。あ、もしかして直した方がいいかな」
「ううん、そんなことないよ! 今のままが嬉しいし……むしろ藍ちゃんって、そう変えてくれても」
「それはまだだめ!」
「えぇ……」
コーラ片手に力説する傍らではすでにBGMと化したバイオレンスアクションが液晶の向こうで展開している。その端っこ、画面外に吹っ飛んでいった赤い塊は何なのか……あまり考えないようにした。深追いは深手の種になる、とはこの映画で学んだこと。
「いや、ほんとは僕もそう呼びたいんだよ。でも何というか、丁寧さが最低ラインにまで下がる気がして」
クライマックスを横目に、わずかに迷った指先が長い前髪を弄ぶ。今の今まで真っ直ぐ投げかけられていた視線はDVDのケースへ落ちた。
「……恥ずかしいくらい、いつも考えてるんだよ。藍さんに釣り合う男ってどんなかな」
――助けられたお姫さまへ、戦いのためにボロボロになった紳士が深く一礼する。傷だらけの顔もスーツも、優雅な仕草を彩る装飾品のよう。
今の順平くんはそれと同じくらいかっこよくて、綺麗だ。
「藍さんはどんなひとが好みなの?」
「順平くんが好き」
「……ちゃんと聞いてた?」
じとりと睨まれたところで、これは胸を張って言えること。
「聞いてたよ。ほんとのことだもん」
「……嬉しい、嬉しいけど違うんだよー」
――ことばを見つけあぐねてぐるぐるするのも、そうして真剣に伝えようとしてくれるのも全部好き。
わたしも同じくらい真摯に返すにはどうしたらいいのかすぐには思い浮かばなくて「DVD、次のに変えよう」と話を先延ばしにしてしまった。
ランダム単語ガチャ No.3380「ジェントルマン」
