店内のBGMが重なって、わたしたちの声はほとんど入っていなかった。それが逆に救いのように思えるのはこの絵面のせいでもある。画面の中央、ロングスプーン片手に喜色満面なわたしはパフェのてっぺんに乗る大きなイチゴを頬張っていて。
いたたまれなさすぎる。撮影者本人の方を伺うと、ふいと不自然に視線がそらされた。
「ちゃんと藍さんにOKはもらったし……」
「まだ何も言ってない……」
「大体わかるよ。ひとこともの申そうとしてる」
「そんなに顔に出るかなぁ」
順平くんに返そうとしたスマホを一時保留にして、また最初から動画を再生してみた。口を動かして話しているらしい苦笑いのわたしは、確か録画なんてしてどうするの、とかそういった会話をしていた気がする。数ヵ月も前のことなのによく覚えている方だと思う。長い間これを保存している順平くんにも当てはまることだけど。
「あなたはとってもわかりやすい方だと思うよ。とっても」
「二回言った」
「本当にいいことだと思うから」
ふわりと笑って順平くんは空を仰いだ。それが話題を変えるためではないとわかって、わたしもそれにならう。
ぎりぎりでバスが発車してしまったここには、ベンチからの天体観測をするわたしたちしかいない。だんだんと涼しくなってきた空気は澄んだように感じて、このごろ空が透明に見える。ずっと向こうで瞬くたくさんの星も。とてもいい季節だと思う。そこらに落ちていたり、街路樹にくっついているかもしれな い蝉に神経を擦り減らされることもなくなった。
「あ、藍さん、あれわかる? あの明るいのが並んでるところ」
「ギザギザに飛び出てるやつ?」
「そうそう。少し前の授業に出てきたんだ。カシオペヤ座っていうんだって」
まっすぐ指し示されるのをたどると同時に記憶もたどる。星を繋ぐとWの形になる、アンドロメダの神 話のもとになった星座だった気がする。
「思い出した! アンドロメダが生贄にされそうになったけど、ペルセウスに助けてもらうってやつだね」
「そういう神話があるの? そっちは知らなかったな」
「お話は好きだからたくさん知ってるよ。理系の授業は苦手だったけど、天体のところの勉強は楽しかったなー」
「うん、藍さんが好きそうだ」
順平くんのことばに頷いて、しばらくひと際明るい星たちに見入っていた。バス停の掲示から左へ斜め四十五度、点滅とまではいかなくても光がちらつく様子は宝石に似ている。ショーケースの向こう側、きっとこの先触れることなんてできない輝き。
――ふと、そんな状況をじっと見つめられていることに気づいた。眩しいものの目の前にいるように目を細めて、順平くんは優しく笑っている。
「藍さん嬉しそう。綺麗だもんね」
「……今わたしが何を考えてたかわかる?」
「星が綺麗だな、でも触れないだろうなって」
もうここまで来るとわたしがどうこうではなくて、順平くんの直感が冴え渡っているとしか思えない。――なんて考えも読まれているはずで。こちらも嬉しそうな順平くんの笑い声が耳にくすぐったい。照れくさくて熱くなる頬を隠したくて、隣で震える肩にもたれかかった。
「順平くんも、わかりにくい方じゃないと思うけどなぁ」
ひとのことは言えないはずだった。順平くんの表情は、自称するよりずっと多い。あの日だって、初めて食べるマカロンを不思議そうに眺めたりおいしいと驚いたり、たくさんの笑顔を見せてくれたのだから。
「あ、さっきの話ね。考えてることが顔に出るかどうか」
「あなただからだよ」
――目の前には青い星がある。海底で凍りついているように温度の低い色。
「あなたを前にすると隠したくても隠せなくなっていくんだ」
見えない表情が、中空に投げ出される声が、今なら読める。考えごとをしながら話す、少しだけふわふわとした響きは柔らかかった。
「感情を表に出すことも、その通りに行動するのも間違いだと思いかけてた。藍さんがそんな思い込みをぶち壊してくれたのかもしれない」
「どうしてそう思ったの」
「おいしいからおいしいって笑うあなたはとっても可愛くて」
――止めるのを忘れていた動画から微かに順平くんの声がする。おいしいねって話しかけたわたしの頬を、指で拭ってくれたタイミングだ。盛大に生クリームがついていて、人生で四番目くらいに恥ずかしかったあの瞬間。
「忘れて忘れて!」
「待って待って! 可愛くて素敵だなって続けようと思ったんだよ!」
順平くんが慌てて立ち上がるものだから、わたしはベンチの上でバランスを取ろうとして取り逃がしてしまう。さく、と乾いた何かを踏みつける音が離れたところから聞こえてそちらを見上げると、笑顔の余韻を残した順平くんが手を差し伸べてくれている。
「僕もそうなりたいって、考えたんだ。だから忘れないよ」
全てをわたしに向けてくれるのが、嬉しかった。
「……うん。大事な思い出だもんね」
その手を取ると、エンジン音が一気に近づいてきた。思ったより早くやってきたバスのライトが道路をきつく照らすごとに、一日の終わりが近づいていくのがわかる。明日は平日だ。わたしも順平くんも、日常の繰り返しに戻らなくてはいけない。
「あーあ、もう帰らなきゃだね」
「また今度。またふたりで出かけられるよ」
笑顔で言い切られることばの力強さに、胸の奥が熱くなる。何度も交わされる約束が今日もまた小指で結ばれるのは、満天の星空の下。
夢小説企画サイト「花鳥風月」様へ寄稿。
