「高速教習だとかっこいい車に乗せてもらえるんだよ。楽しみだったけど、怖いなって気持ちの方が大きかったかも」
分厚いとは言えない教本だけれど、めくるだけでめまいがしてくる。表示標識義務救護……とにかく覚えることが多い。世の中を走る車はこんなことをマスターしたひとが運転しているのか、と感嘆のため息がこぼれた。その中のひとりは、目の前で練習問題の用紙を机いっぱいに広げる藍さん。
「……免許か。今まで考えたこともなかったよ。最悪、自転車があればどこにでも行けたし」
それも、記憶の中にあるごく狭い範囲の施設にしか用がない。興味もなかった。
「落ち着いたら旅行に行きたいね」
朝にそう話を切り出した藍さんのことばがなければ。
バスと鉄道があればこと足りる――なんてことはなかった。それでは網羅できない場所などこの世のどこにでも存在する。そして、そこはいつかの僕たちが求めてやまないところかもしれないのだから。
「僕が藍さんを乗せていってあげたいな。いろんなところに行こう」
「本当? 嬉しい」
この笑顔が隣の助手席にいる光景を思い浮かべる。きっと暖かい春の日、うとうとする藍さんを起こさないように丁寧に丁寧を重ねた運転をするのだ。多分、どこか静かな温泉宿の帰り道にでも。
「順平くんはどんなところがいい?」
あなたとならどこへだって、という本心は飲み込む。
「温泉かな……料理がおいしいところ」
輝く目で頷く藍さんの手元には、僕が頼んで貸してもらった教科書たちが依然として鎮座している。腹を据えて取りかかるべきことがまたひとつ増えた証拠だ。
「がんばるよ。呪術師も、勉強も」
その重みがこんなに心地いいなんて、知らなかった。
ランダム単語ガチャ No.3580「若葉マーク」
