平地に布陣した同盟軍。そのすぐ西にある森に潜むと仮定した伏兵を一網打尽にするにはどうすればいいか。彼らは騎馬隊、数は不明。
「紋章で眠らせます。例え大多数に効果が及ばなくても統制は乱れるはず。捕えてこちらに加えてしまえば」
「そうだな。しかし時間稼ぎにすぎない。眠った者は負傷したわけではない、満足な人数を叩き起こせば出撃は可能だ。そのときには同盟軍は進軍を始めているだろうから背後を狙える」
「いると断言できないものにこれ以上魔力を割くことはできません」
「いないと断言できないものを放置すれば破滅を招く。ただでさえこちらは兵力の上で圧倒的に不利だ。それにリシュ、王国が勢力を拡大しているとはいえ伏兵に降伏兵を置くと判断した根拠は何だ? こちらに寝返るとは限らない。ある程度の人数を捕虜のままにしておくにはリスクが大きいとグリンヒルの一件で知っているはずだろう」
「……難しいです……」
考えるほどに袋小路に追いやられている気がする。アップルやクラウスはこんなにも複雑な、仕損じればこちらが壊滅するバランスの狂った詰め将棋をいつも組み立てているなんて。対して彼は涼し気な顔で湯呑へお茶を注いでいる。この程度の議論、準備運動にもならないのだろう。
「ここまでなら兵法とも言えない。あらゆる可能性を挙げるにはあらゆる視点を。だからこそ俺たちは立案に何人も必要とする。そのひとりがお前だ」
「それ、本当ですか?」
途方に暮れながら聞いたこととはいえ、きっと本当だ。シュウさんは暇つぶしをするための暇を持たない。素人の意見をただ聞くために呼んだのではないのは確かだった。
「シュウさん、わたしが指揮官の席にいるのは魔力によるものでしょう? 実際の作戦行動はほとんど副官に助けられてます。大人数を預かる器でもない」
「その通りだ」
底のしれない、深い色の視線が向けられる。ただ厳しい表情と形容するには意味の違いすぎる、常に何万人の命を背負う者としての真剣さが滲む真摯さ。
「……お前は若い。加えて気が優しいぶん気を遣いすぎる。人間を動かす側に立つには不向きだ。だから先ほどの答えはリシュならではだと思った」
「あれは下策では?」
「こちらの被害を抑えるという面では下の下だ。だが兵力増強という面では大きい。お前はあえて伏兵たちを傷つけない手を選んだ。それはその後の降伏を促す狙いもあるのだろう?」
「……はい! 自分たちに手を上げる相手に従いたいとは思わないですもの」
「即戦力を揃えるには最善といえる」
頷き、シュウさんの手元の万年筆がさらさらと日に焼けた紙の上を走る。そうっと覗き込むと、風の紋章の使い手をピックアップするよう覚書がされていた。
「一考に値する。今夜の軍議にかけよう」
「ありがとうございます!」
認めてもらえた、それもシュウさんに。わたし自身が伝え損ねた真意まで汲み取られた今、やっと与えられた任に報いることができた気がする。ひとり膝の上で拳を握りしめていると、向かいに腰かけていたシュウさんがふと立ち上がった。歩み寄る窓辺は、まだ日が高い。
「……本当のところを言うとな、リシュ」
ちらとこちらに投げかけられる視線は、本題を抜けた穏やかさがある。
「ここにはアップルもクラウスも、リオウ殿も同席するのが筋だ。だがお前ひとりをここに呼んだ。俺のくだらん思考に真っ向から対立する意見を考えつく可能性が高いのはお前だったからな」
その指が示したのは机の上の地図だった。赤青黒でびっしりと書き込みのされたそこに大きく丸をつけられた一文は決定事項だろうか。
わたしたちが議題に上げた森、そのすぐ西に面する山からの落石を誘う手順が細かく記されていた。
「……お前を前にすると自分がどんな人間か嫌というほど思い知らされる。その項目はリシュの手で消してくれ」
「あなたが推すのなら有効な作戦のはずなのに」
「頼む」
――きっと、このお願いすらシュウさんは後で自嘲する。感傷も良心の呵責も押し込め最善を取るのが務めなのにと。
わたしはそれを道徳心と感情論でしか否定できない。この部屋にあってはないがしろにすべき、それらでしか。それでも、否定しつづけようと思いながら万年筆を手にした。
あまりにも変わることのない表情の下にある感情のために。
ランダム単語ガチャ No.1200「くだらない」
