「眠たい」

 みどりのそのことばは一種の暗示だと言っても過言ではない。

 育ち盛りなのか単なる寝不足なのかこの子はどこででもうとうととする。その頻度が、僕の目の前だと若干多くなるのは喜ぶべきことだろうか。

「寝るのかい」

 こくりと頷くのはみどりのベッドの上だった。やたらとぬいぐるみに囲まれるスペースに収まるようにして横になるその後に伸ばされる手はやはりこちらに向けられて。

「キョーヤも」

 ――このことばに、僕はいつも逆らえない。

「目を閉じて」

 誘われるままみどりの隣に倒れ込んだ。背で跳ねるうさぎをそのままに、僕の言うとおりうつらと瞼を閉じかけるのを間近で眺める。

 みどりの眠りのそばにいると、深みに転がり落ちるようにそれが伝染する。そしてひとりでは這い上がれない底の底まで沈んでしまう。

「たまに、怖いの。でも、キョーヤがそばにいてくれたら安心」

 ときに悪夢がみどりを追ってくるのだという。守るのは僕だけの役目だった。確かに綿の塊たちには任せられない。僕より長くこの子と過ごしているのだとしても。

「おいで」
「ん……」

 温かい体を胸に抱き寄せる。猫がすり寄るように傾いでくる頭を撫でても足りずに、上掛けを引き寄せてみどりを包んだ。白い指が微かにシャツの裾を摘んでくるのがささやかな返事のようでいじらしい。

「可愛い、子猫だね」

 ふにゃりと、潤む唇が笑んだ。人差し指でなぞろうとして、まるで力が入らないことに気づく。限界が来たのを自覚しつつもみどりに触れるのを止められない。ほとんど落ちた感覚でも淡く甘い髪の香りと幸せそうな頬の色は脳裏に焼きついて。

 ここで熟睡しては夜に眠れなくなるなどという説教に意味はなく、そんな正論より昼寝を貪るみどりを眺める方がよほど有意義だった。ふたりしてあいまいで形のない時間を過ごしていたい。覚醒から遠く離れた闇の底で。

「おやすみ」

 届いたかどうかもわからないことばは掠れた。
 
ランダム単語ガチャ No.531「穴」