禁断症状

 

 ※「特効薬」の続きです。

 

 ここまでのあらすじ

 風紀委員長に二言はないのでまた吊るされたみどり。自力で脱出しようとしたけど目の前にいるのは雲雀恭弥なのでやめた。

 あらすじおわり

 

 キョーヤの部屋の天井にはいくつか金具がついている。フックのようなループのような、ベッドに寝転がるたびに目に入る銀色は少し前から現れたもの。

「いつもは何か吊るしてるの? サンドバッグ?」

 そんな、いつかの質問にキョーヤは首を横に振っていた。答えがなんだったかはっきりとは覚えていないけど、わたしの名前が含まれていたような気はする。天井の話にどうしてみどりが出てくるのか、なんだかおかしいな、なんて違和感は即日ぶつけておくべきだった。

 こうして再び吊るされてしまうことになるから。

「痛くないでしょ」
「うん。でも」

 シーツの上にぺたりと座り込んだまま両手を緩く真上に掲げる。わたしの手首をやすやすと片手で包んだキョーヤは、いやにスムーズに手錠をかけた。ギリギリと金属が軋む音の直後、かちりと決定的な硬い音で。だらりと両腕の力を抜いても、天井から下がる鎖が手錠に連結された瞬間から無意味になる。

 捕まってしまった。キョーヤに。

 そんな実感で、いきすぎなくらいどきどきしてしまうのを見下ろす視線とともに続きを促す声は柔らかい。この鎖や手錠を持ってきた本人の。

「でも、変な気持ち。なんて言うかわからないけど……」
「怖いの」
「大丈夫、怖くないよ……ん」

 なぞるように、キョーヤの指がわたしの頬をたどった。かかっていた髪を耳にかけていく。そうしてひとつ頷いて、目の前に腰を下ろしたキョーヤは少し首をかしげた。一挙手一投足を拾おうとのぞき込む目は、やがてふっと細められる。 

「みどり」

 膝と膝がほんの軽く触れて。

 完全に囲まれたことにようやく気づいた。

 制服を着たままの、今は身じろぎしかできないわたし。対してここは鍵をかけたキョーヤの部屋で、キョーヤのベッドの上で、キョーヤの前。

「あ……」

 わたしだけを見つめる瞳。少しの揺れでも鳴る鎖すら。

 ここにあることぜんぶに抱きしめられているみたいに、体がぎゅっと苦しい。

「熱いね。どうして」

 指先で目元をくすぐられながら「わかんない」としか言いようのない状況にあわてて考えを巡らせる。確かに苦しいのに、もっとこうしていてほしい。相反することが争ってケンカしているみたいでまるでまとまらなかった。

 ぐるぐるに混乱している間に割り込むのは涼やかな声。

「そう。でも、もっとわからなくなるかもね」

 さらさらと衣擦れが背後へ。それを追って振り向くより前に、シャツの左腕がゆったりとおなかに回された。抱き寄せられて、背中にぴたりとくっつくのはキョーヤのおなか。固くて、しっかりして、少しもがいたくらいではきっとびくともしない頑丈な気配がすぐそこにいる。わたしとは全然違う体。極論、鎖も手錠もなくたってこの状況に持ち込むことは簡単だったはずの。

 ――ここからなんだってできるはずの。

「あわわわわ……」
「こういう声が聞けるから好きだ」

 意味なんてないことばにもならない音だけが出てくる唇を、後ろから指先で数度つついて遊んだ後。

 大きな手のひらがくしゃりとわたしの髪をなでた。

「……僕だけだよ。こういうことは」

 表情の見えないまま。

 くるくる指に絡ませたり、すいたり、何度も。あの、いかにも扱うのに力がいりそうな手錠を使いこなしていたなんて信じられないおおらかさで。

 これからどこにどう触れられちゃうんだろう、とうっすら身構えていた肩の力までふにゃりと抜けていく。

「みどり」

 耳元で、それこそ力の抜けたような微かなため息とともに呼ばれるわたしの名前。保健室に助けに来てくれたときと同じ温度の音。

 どう、なんて。その答えはこうしてここにあった。

「キョーヤ、くすぐったいー」
「楽しそうだね。こんなに不自由にされてるのに」
「動けないけど楽しいの。あのね」

 変な気持ちの正体がようやくわかった。そんな晴れやかな達成感が伝わったのか、キョーヤはまたわたしの正面に回ってくれる。「聞かせて」と請うのはゆっくりとした瞬き。

 じっと注がれる視線が嬉しい。

 この鎖と同じだから。

「キョーヤが、わたしのこと放したくないって思ってるってことだよね」

 すっ、と呼吸があって。

「……うん」

 こくりと、キョーヤはひとつ頷いた。どこか緩慢に。

 じっと注がれる視線が嬉しい――のに、だんだんと目をそらしてしまいたくなってくる。弱火で、けれど着実にあぶられ続けているようなこれは焦りなのかもしれなかった。

「少しだけ罪悪感がわいてきた。ほんの少し」
「な、な、なんで?」
「かわいい答えが返ってきたから」

 というのも、ここで焦らなければいけない理由が自分でもわからないから。そのわからないをガソリンにしているかのように心音が加速しはじめて行く。

「……キョーヤ……?」
「当たりだよ。半分」

 両肩を包むように置かれた手は、いつものキョーヤのもの。

 いたずらっぽく笑うのも。

 その目は真剣そのもの。

「の、残りは?」
「思う存分君に触れたいってこと」

 する、と、その両手がわたしの上をたどっていく。

 思わずこぼれてしまった声は、ひときわ大きく揺れた鎖にかき消されて。

 

ランダム単語ガチャ No.7303「禁断症状」